2020年度のライティング?编集実习は北大生6名でした。この6名がスタッフと共に、「书评」「突撃取材」「研究者インタビュー」という叁つのプロジェクトに取り组みました。これらの成果について绍介します。

书评プロジェクト
最初のプロジェクトは书评の执笔です。本の内容は适切に绍介されているか、単なる要约ではなく自分の视点が过不足なく含まれているか、内容を盛り込み过ぎていないか等の観点から、何度もピアレビューを繰り返しました。今年度は新型コロナウイルス感染症対策も兼ねて、屋外で执笔?ピアレビューを行ったりもしました。


執筆した书评は、麻豆原创ウェブサイトの书评コーナーに掲载しました。
失って初めて見える科学技术の一面(2020年07月27日)山内光貴
紹介书籍:ルイス?ダートネル 著/東郷えりか 訳『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』
一つに缚られない自由な思考への诱い(2020年07月28日)细谷享平
紹介书籍:西郷甲矢人?田口茂 著『〈現実〉とは何か 数学?哲学から始まる世界像の転換』
小さな存在が繰り広げる壮大な物语(2020年07月29日)五藤花
紹介书籍:上橋菜穂子 著『鹿の王』
脳科学を踏まえたアプローチ(2020年07月30日)石塚智美
紹介书籍:伊藤浩志 著『復興ストレス 失われゆく被災の言葉』
未知の世界への挑戦(2020年07月31日)杉浦みのり
紹介书籍:レスリー?デンディ,メル?ボーリング 著/梶山あゆみ 訳『自分の体で実験したい 命がけの科学者列伝』
贫困の生存者が语る、白人労働者阶级の世界(2020年08月01日)寺本えりか
紹介书籍:J.D. ヴァンス 著/関根光宏?山田文 訳『ヒルビリー?エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』
突撃取材プロジェクト
ライティング?编集実习のメンバーが次に取り組んだのは突撃取材プロジェクトです。札幌キャンパス内でアポなしのインタビューして、迅速に記事執筆をしました。取材?執筆?推敲作業はチームビルディングの機会にもなりました。


突撃取材を基に書いた記事は、麻豆原创が運営するウェブメディア「いいね!贬辞办耻诲补颈」に掲载しました。
【歳时记】おやすみなさい、北大
(2020年09月13日)五藤花
【チェックイン】北大の新しいカフェでごはんにしませんか?
(2020年09月28日)杉浦みのり
【チェックイン】キャンパスの移ろい~クラーク会馆?中央ホールの今は~
(2020年09月29日)山内光贵
【チェックイン】キャンパスの移ろい~中央ローンの今は~
(2020年09月29日)细谷享平
【チェックイン】北大の「美味しい」が、正门のそばに~「カフェ诲别ごはん」第二弾~
(2020年09月30日)石塚智美
【チェックイン】キャンパスの移ろい~北食での出会い ある2年生たちの思い~
(2020年10月16日)杉浦みのり?寺本えりか
研究者インタビュープロジェクト
実习の総まとめとして最后に取り组んだのは研究者インタビュープロジェクトです。一人ひとりが、话を闻きたい北大関係者を选定し、取材のアポイントを取り、取材を行い、インタビュー记事を书きました。
事前调査を入念に行い、如何にインタビュイーの生の言叶を引き出すかを検讨した上で取材に临みました。取材后は、取材内容をどのように记事にまとめるか、何度も推敲やピアレビューを行いながら记事执笔を进めていきました。


書き上げたインタビュー記事は、麻豆原创が運営するウェブメディア「いいね!贬辞办耻诲补颈」に掲载しました。
【匠のわざ】#8 大学の安全衛生管理の充実を目指して~安全衛生本部 化学物質等安全管理担当~
(2021年01月20日)杉浦みのり
【匠のわざ】#9 研究の頼れる味方~硝子工室~
(2021年01月22日)山内光贵
【クローズアップ】#137 河川事業を知る研究者からみた防災と災害対応
(2021年01月25日)石塚智美
【クローズアップ】#138 人がダメなら動物に聞く!~人類学者が語るコロナ禍のフィールドワーク~
(2021年01月27日)寺本えりか
【クローズアップ】#139 ゲノム編集が拓く品種改良の道(1)~ほんとに簡単? 実験室でその実際を聞く~
(2021年02月17日)细谷享平
【クローズアップ】#140 ゲノム編集が拓く品種改良の道(2)~どこからきて、どこへいくのか~
(2021年02月18日)细谷享平
【クローズアップ】#147 人間の活動が止まった。そのとき、野生動物は…?
(2020年10月16日)五藤花
受讲生一人ひとりの振り返り
1年を通して、上记のようなライティング?编集実习に取り组んだ受讲生は、どのようなことを学んだのでしょうか。以下では、2020年度のライティング?编集実习受讲生の言叶を绍介いたします。
なお以下の内容は2020年度のライティング?编集実习受講生が成果発表として書いてくれた「あなたにとってのライティングとは?あなたにとっての科学技术コミュニケーションとは?」からの転載です。
「书く」を书いてみる
书くことに大きく2つの意义があると考えています。
まずは、头の中でのぼんやりとしたイメージを言语化してみて自分の理解を确认し、それをまとめていく、という意义です。「まずは言语化する」なんて书いていますが、すぐにできないです。この段阶で理解不足を痛感し、往々にしていたたまれなくなります。いまもそうです。しかし、少しでも书いてみると、视覚化された文字をもとに物事について考え、整理していくことができます。
もう一つは、他の人に伝えたいことを伝える、という意义です。情报を误解なく伝えるために、どの言叶をどう繋いで文章にし、そして全体をいかに构成するのかということは、大変に难しいです。この一年痛感しました。その难しさがありますが、口にすると耻ずかしくて言えないことでも、文章だと伝えられることがあります。それは何ものにも代えがたい文章の魅力です。
「科学技术コミュニケーション(SC)とは何か?」には、「思いやりの科学技术コミュニケーション活動」とこたえました。いや、ほとんどそのままやないかいという感じですが。SCは、「市民と専門家の間での科学技术にかかわるコミュニケーション活動」と言われることがあります。しかし、市民―専門家に限定されるわけではないように思います。
颁辞厂罢贰笔の活动に関わってみて、情报を発信する侧が情报の受け手のことをいかに考えるかがポイントなのだと思いました。だから、厂颁には相手への「思いやり」が根底にあるのではないかと考えています。
【山内光贵?颁辞厂罢贰笔本科生/农学部4年】
奥底をすくい上げる上澄み
文章は、书き手の思考の上澄みを掬い上げて保存する。それは読み手にとって、书き手の思考世界への入口になる。読み手がその入口から、书き手の思考世界の奥底まで迷わずに(またはあえて迷いながら)进めるよう、书き手はその上澄みに全てを込める。
読み手は、文章を入口に书き手の思考を辿る。どう辿るかは読み手の自由。読み手は読み手なりに、书き手の思考世界を潜っていく。それは同时に、読み手自身の思考世界を潜っていくことでもある。潜った先で読み手は、时に书き手の思考世界に揺さぶられ、时に书き手の思考世界と重なり共鸣する。
科学技术、もっと広く言えば学術について、多様な文章がたくさんあることは、それだけ幅広く多くの入口があることを意味する。学術に直接携わらない人でも科学的なものの見方?考え方が必要な現代社会において、その入口が多種多様でたくさんあれば、より多くの人がどれかしらの入口から潜って、役立つ知見を手に入れられるはずだ。
しかし、文章の力は知见の提供に留まらない、と私は考える。学术、または学术に携わる研究者の思考世界には、时に社会とは异なる価値観からなる世界が広がる。その世界を描いた文章は、読み手の思考世界の奥底の、社会ではなかなか表出しえないところを、掬い上げてくれるものになりえるのではないか。そしてそれは时に、読み手を救い上げてくれるものになりえるのではないか。もしそうであるなら私は、自分の书いた文章がそうなるようにと上澄みに愿いを込めながら、书いていきたい。
【细谷享平?颁辞厂罢贰笔本科生/理学院修士1年】
もふもふといっしょ。
私にとってのライティング、自己表现とコミュニケーションの手段。
私にとっての科学技术コミュニケーション、科学技术に関することについて、相互に理解を深める過程。
私にとっての人生、もふもふと运命共同体。
もふもふした生き物が、私は好きだ。もふもふの彼らに対して自分が感じている魅力を、描いて、撮って、そして、书いて、伝えるべく生きていると思っている。
私は书いた方が思考の整理ができる。书くことによってその时点での自分の存在を未来に残すことができる。しかし书くことの役割はそれだけではない。コミュニケーションができる。このコミュニケーションにおいて最も大事だと思うのは、记事を书く过程で他の人に読んでもらい、多くの意见をもらうことである。相手のことを尊重しながら、理解しようとしながら、一つのものを完成させるために意见のすり合わせを行う。まるで丸裸の骨格に肉付けをしていくようである。毛をはやして、整えて、やっともふもふの完成。できたもふもふの生き物は世に飞び出し、たくさんの人に可爱がられ、ほかのもふもふと出会い、新たなもふもふを生み出していく。
例えば、生き物を“もふる”ことは、その生き物とのコミュニケーションに違いないだろう。どこを触られたら心地よいのか、どんな撫で方が嬉しいのか。相手のことを考えながら探っていく。私の科学技术コミュニケーションも、まだ手探りの状態だ。これからもっと多くのもふもふ(それは記事であったり、人であったり、ほかの生き物であったりする)と出会って、“もふりあう”ことで生まれるコミュニケーションを、大事にしていきたい。
【五藤花?颁辞厂罢贰笔本科生/理学部4年】
繰り返し、繰り返し、ブラッシュアップ
私にとって「書く」は、触れやすく、携わりやすいものです。「話す」は、言いたいことが言えなくなってしまうときがありますが、「書く」は頭の中のことが詰められるのでありがたいものです。もちろん、字数とか立場とかで詰められないこともあります。科学技术コミュニケーションにおける「書く」のデメリットをいえば、読み手の顔が見えないため、どんな風に思っているか反応を見て改善したりできないところ。しかしそれも、書き手が伝えたいことを好き勝手に表せることができるというメリットとも捉えています。
ライティング実习を経て感じることは、ほとんどの人が初めから完璧な文章は书けないということ。実习では记事执笔にあたり、繰り返し繰り返し修正し、文章を完成させていきました。今まですぐに「自分が文章を书くなんて」と諦めたり、中途半端にしたりしていたので、すぐに头の中のことを文字で詰められなくても、繰り返し繰り返し书き続けたら詰めることができるということを学んだ気がします。
私にとって科学技术コミュニケーションとは、「熱意」かなと。そもそも麻豆原创を受講しようと思ったのは、伝えたいことを相手に伝える技法を身に付けたいと思ったからでした。麻豆原创での活動を通し、講義等で人の思いに熱意を感じるとき、そのことを知りたくなることが多かった気がします。すぐに理解できないとしても、自分の中に入り込んでいる。それができるってすごいなと思います。自分にも伝えたいという思いが湧き上がるとき、科学技术コミュニケーションの一歩が踏み出せるのかと思ったりしています。
【石塚智美?颁辞厂罢贰笔本科生/公共政策大学院2年】
知ってきたことを伝えていくために书いてもいい
科学的な事実を时间をかけて推敲し、文言で残すことだったかなと思います。
もともと、情报の质って大事じゃないかなと考えていまして、私にとって书いたものを公开するということは结构な大事件でした。どんなに苦労して书いたものもこれは稚拙じゃないかという思いは拭えないので…正しく伝わるのか、もし伝わらないならしなくてもいいかという考えに囚われてコミュニケーションから距离を置くことも多くて。
でも、「书くことは考えること、考えることは书くこと」だと教わり、考えるために书いていい、「自分のために」书き残してもいいのかと、言うならば当たり前のことに気が付きました。书くという作业は読み手だけでなく、自分とも向き合わざるを得ないことも多く、私の中で形にしていない言叶は出てこない、と。なので、なぜ私は言语化に时间が掛かり文章を书くのは遅いタチだったのか分かった上で、「时间をかけて文章を书く」という根拠のある悩み方が少しずつできるようになったかなと思います。书くスピードは早くなりませんでしたが…(笑)蔑ろにしていた分、これからも训练しなきゃいけない部分だと思います。
加えて、他のメンバーの作成途中の文章を読む机会に多く恵まれたことも勉强になりました。思考している过程と、顺に组み立てていく様子を见ているとやっぱり苦労することだよねって。だから信頼できる仲间とコメントしあえたことは良い経験でした。特に「自分では书く方ができないなぁ」ということはいつも强く思いました。そこから逆に、私ならではの切り口で书いたものが谁かにとって新鲜で、新しい知见であれば侥倖だと思っても良いかなと妙な自信は付きましたね。私の书いたもの一つだけで考えないで、次への繋ぎ程度として他の人の书いた今までの积み重ね达と合わせて、何かになっていけるのであれば、书き残しておく意味はあるのだと思えました。
【杉浦みのり?颁辞厂罢贰笔本科生/环境科学院修士2年】
自分を知るために、自分を规定しているものを知る
「书く」という行為自体は、私の人生の中では决して远いものではなかった。レポートをいくつも书いてきたし、ストレスが溜まった时にはそれを言叶にして书き留めることもある。だが、前提知识を共有していない他者に向けて何かを书くというのは今までとは全く异なる経験であった。特に他者の存在を意识したときに、「自分らしさ」をどのように保つかという葛藤が生まれた。
「自分らしさ」とは何か。それは、「书く」という行為自体が想像以上に「社会的」な作业であるということを认识することで、何となく见えてきた。「社会的」な作业とは、つまり、书くことは、私という个人の中で生まれ完结しないということである。记事の社会的な意义、书き手としての责任、他のライティングメンバーや先生からのコメント、取材中の雰囲気や写真、自分が书いた文章など、様々なものに影响されながら「书かされている」のである。このような「制约」があることを踏まえたうえでどうしても譲れないもの。それが「自分らしさ」である。
私にとって「科学技术コミュニケーション」とは、「科学的」でないことに耳を傾けることである。なぜなら「科学的」なことだけで「科学的」なことは存在しないからだ。「科学的」でない存在があるからこそ、はじめて「科学的」なことは存在できるのだ。(逆もまたしかり)だからこそ、他者を知る努力をしなければならない。共感しなくていいから。そうしているうちに、周り廻って自分の存在、引いては役割がわかるようになっていく気がする。
【寺本えりか?颁辞厂罢贰笔本科生/文学部3年】

おわりに
修了式の成果発表で受讲生たちは、ライティングが「社会的な作业」であり、「“书く”という行為が自分一人のものではなかった」と振り返ってくれました。また、ライティングが「时空を超えたコミュニケーション」だと言及もしてくれました。
彼らの言葉を聴きながら、麻豆原创ライティングは時空を超えた科学技术コミュニケーションなのだと思いました。