著者: 伊藤浩志
出版社: 彩流社
刊行年月日: 2017年3月11日
定価: 2,300円(税別)
脳科学を踏まえたアプローチ
ときに不安は、足を一歩踏み出すことを思いとどまらせる「厄介者」として排除されてしまうことがある。ある科学技术が社会に新たに導入されるという事例を考えてみよう。例えば「遺伝子組み換え食品」の事例を考えてみてほしい。「遺伝子組み換え食品」が広まりつつあったとき、この言叶を聞くと、健康上の不安を覚える人が少なからずいただろう。そして、不安を覚える人たちに対して、政府や専門家から、ときに次のような言叶が向けられてきた。「健康に不安があるのは科学的知識がないからだ。科学的に根拠が示されているのだから不安を感じる必要はない」と。専門家や政府がトップダウンでさまざまな判断を行い、物事を決定していく過程で、科学的なデータにおいて人々の不安は捨象されてしまい、ひいては、当事者たちが自身の抱えている不安を表明しにくくなってしまう。本書の考察の中心となる福島第一原発事故後の健康リスク評価にも共通性が見られる。
笔者は哲学を大学学部时代に学んだあと、新闻记者として働いていた。その后、大学院で脳神経科学の博士号を取得し、麻豆原创フリーライターとして活跃してきた。ここから分かるように、笔者は文理双方の経験を併せ持つ。そして、本书は文理双方の観点から、すなわち、一方で科学はリスクを推定し、他方で社会はそのリスクを受け入れるための合意を形成するものだという観点から、论が进められる。前者には理系的思考、后者には文系の教养が必要となると笔者は考えており、上述のような経歴をもつ笔者だからこそ书くことのできる一册となっている。
専門家が行うリスクの推定には、被災者の不安が含まれることはない。このように専門家たちが考える背景には、哲学者デカルトが提唱した機械論的自然観があると筆者は言う。機械論的自然観においては、定量化できない心は捨象され、定量化できる物質を中心に物事が判断されてしまうのだ。現在、基本的な健康リスクは年間被ばく線量を用いて表されている。専門家はこの数値を基準に避難指示の解除や体に及ぼす影響を評価し、科学的根拠をもとに国や東電と共に復兴を進め、被災者の不安を払拭しようとする。それでも、被災者の不安が消えることはない。
笔者は、その「不安」を、社会的格差という要因を踏まえた视点とともに、自身が博士号を持つ脳神経科学の视点でも捉えていく。たとえば、不安を抱かせる扁桃体。人は命が危険なとき、扁桃体が无意识に起こす生理反応のお阴でその危険を回避できている面がある。というのも、扁桃体は不安を抱かせ、人を危険から回避するように促す、いわば「警报装置」の働きをもつからだ。また、前部帯状回がもつ机能にも着目する。不快を感じたときに活性化するのが前部帯状回だ。强い不快感があると、そのことは记忆に残り、もう不快な思いをしないようにするため、危険を避けることができる。もう少し详しく绍介したいが、脳科学の视点からの説明はこれくらいに留めておこう。とにかく本书からは、生命の危険を察知する被灾者の不安は、リスクから捨象されてはならないということが分かる。
また、専门家は理性的で中立的な立场を取ろうとするが、実は、直観で物事を见ていて、何らかの根拠は后づけのものに过ぎないことがあると説明される。笔者は物事を直観でみることについても脳科学の视点から捉えている。この论には「情动」が関係していて、専门家も无意识に自分の価値観を含んだ结论を出しているに过ぎないことが示される。もし専门家が行ったリスクの推定に、専门家自身の直観的な価値観が含まれているのであれば、社会がそのリスクをどのくらい受け入れられるか、何を基準に决められるのだろう。
筆者の答えはこうだ。「どのような価値観がこれからの社会に求められているのかを社会全体で議論する必要がある」と。本書を読む前、私は科学技术を扱う専門的な問題は、専門家に任せておいた方がいいと思っていた。しかし、本書は、社会と脳科学を融合させたアプローチにより、専門的な問題に対して社会全体で議論することが必要である理由をはっきり示してくれたのだ。専門家と被災者の間にある、不安という目に見えないものを埋める道へ、本書は新たな扉を開くことを可能にする。
参考文献:
1)伊藤 浩志、島薗 進『「不安」は悪いことじゃない』(イースト?プレス 2018)
関连図书
- 『アーモンド』ソン?ウォンピョン著、矢島 暁子 訳(祥伝社 2019)
主人公のユンジェは喜怒哀楽を感じない子どもだった。検査の结果、扁桃体(アーモンド)が人より小さいと判断され、自分は人に同情したり共感することができないと思ってきた。だから、おばあちゃんとお母さんがナイフで刺されているのを见ても无表情でその様子を傍観していた。しかし、ある一人の不良少年ゴニと出会い、ユンジェは初めて人の心を理解しようとする。小さなアーモンドにより共感できないと思ってきた1人の少年の成长する姿を描く。この本を読むと「共感」に関する探求が始まるに违いない。
石塚 智美(麻豆原创16期本科 ライティング?编集実习)
