「狩りに出ていたら、シカが獲れてしまい遅れました(笑)」一時間ほど遅れてスタートしたインタビュー。研究室を訪れると、山口未花子さん(文学研究院 人文学部門文化多様性論分野 准教授)はいきなりそう話します。「去年の3月くらいから、北海道で狩りを始めたのです。銃とワナを併用しながらやっていて。この前『ここは絶対にシカが通る!』という場所を見つけてしまい、合計で3か所ワナをしかけたら、なんと2頭もシカがかかっていたんです!」と山口さん。
それにしてもなぜ狩りに行っていたのか? そこにはコロナウイルス感染症の影響があります。現在、コロナ禍で私たちの様々な活動が制限されています。旅行や飲み会などの娯楽はもちろん、学生は対面での授業や課外活動に参加しにくい状況にあります。影響を受けているのは研究者も同じです。感染拡大のリスクによって、国内外を問わず、インタビュー調査やフィールドワークを実施しにくくなっています。しかし、そんな中、文化人類学者の山口さんは、「狩り」という方法で研究を続けているのです。その背景にはどのような発想があるのか。山口さんに伺いました。
【寺本えりか?颁辞厂罢贰笔本科生/文学部3年】
「身体化」のための调査?!
山口さんはカナダ、ユーコンの先住民についてこれまで调査してきました。调査の方法はフィールドワーク。先住民の人々と现地で共に生活することで、その生活や思想を明らかにしてきました。先住民の若い世代は西洋化の影响で一般的なカナダ人と変わらない生活をしていますが、伝统的な狩猟採集文化のもと幼少期から育ってきた「古老」と呼ばれるお年寄りの方々は、民族に独自の世界観が反映された生活を今もなお続けているのです。

しかし、お年寄りに対するコロナウイルスの危険性は周知のとおりです。古老はユーコンの文化を记忆している贵重な存在。その文化を守るためにも、今は现地调査を控えなければなりません。
また、北米先住民の间にはかつて白人によって持ち込まれた伝染病の影响で多くの命が夺われたという苦い记忆があります。「病気を、目に见えないものが人を杀してしまう魔术?妖术のようなものととらえている人もいます。仮に、私がフィールドワークに行ってウイルスを持ち込んでしまったら、『あいつは魔女だ!』というレッテルを贴られ、今后の调査に支障をきたしてしまう可能性もないとは言えません。」
そこで山口さんが考えたのは、これまでに学んだ知恵や技術を「身体化」する調査、つまり「狩り」の実践です。「先住民の人たちはずっと動物の話をしているので、私は動物のことをすっかり知った気になっていたのですが、古老にはまだまだと言われました。第一動物とまだ話せないし…。 『俺たちも教えてあげられるけど、一番大事なのは動物自身に聞くことだ』と言われました。そうなると、自分でやるしかありません(笑)」と山口さん。「コロナ禍で現地に行くことはできませんが『动物に聞く』方の調査はできます!」

「动物」を捉えなおす
しかし、「动物に聞く」なんて本当にできるのか。私たちがそう疑問をもってしまう背景には人間と自然を分ける「二元論」的な思想の影響があると山口さんは言います。これは、近代以降の西洋で発展した、自然を意のままに支配することができる存在として人間を位置づける「人間中心主義」的な思想です。このような思想は、産業化や科学技術の発展を推し進めてきたと同時に、環境破壊など様々な問題を招くきっかけにもなりました。
一方で、山口さんはユーコン先住民が「动物とコミュニケーションを取る」ということに対し「そんな无茶なことを言っているという感覚はない」と言います。ユーコン先住民のように狩りを行っていると、山口さん自身も「动物の视点」が见える感覚を覚えることがあるのです。「例えば、森を歩いていると、ここはシカにとって歩きやすそうだな、とかシカの気持ちがわかる时があります。もうちょっと练习したら动物と波长を合わせることができるかもしれません(笑)」
このように、ユーコン先住民の世界観に基づいて動物を理解しなおしてみることは、「自然/人間」という二元論や人間中心主義的なものの見方を脱却し、ひいては、动物に対する見方を覆すヒントとなりうるのです。では、その世界観とはどのようなものなのでしょうか?

人も动物も対等な存在
ユーコン先住民の世界観がわかるエピソードを山口さんは教えてくれました。「例えばユーコン先住民のひとつであるカスカの人にとって動物とカスカは対等な関係です。カスカは、自分たちのことを『カスカ?デネ』と『人々』を意味する『デネ』をつけて呼びます。これは动物にも適用され、『ケダ(ヘラジカ)?デネ』、『ツヨネ(オオカミ)?デネ』、『ノスガ(カラス)?デネ』というように、動物たちが人であるかのように呼ばれているのです。」
一见これは动物を「人间化」したある种の人间中心主义に见えるかもしれません。しかし、同じ人间でもヨーロッパ系カナダ人は「ツクコン」と呼ばれ「デネ」はつかないのです。「カスカの人々にとっては、ヨーロッパ系カナダ人よりも动物の方が自分たちに近い存在なのです。」
このように、动物と自分自身を対等な存在として考えるユーコン先住民にとって、动物とのコミュニケーションは私たちが思うよりもハードルが低いものなのでしょう。またこのコミュニケーションには、动物の梦を见たり、动物の鸣き声や行动などからメッセージを受け取ったりするなど様々な形があります。

「例えば、ユーコンの人はよく动物を自身の守护霊とすることがあるんですが、あるクマを守护霊としたおじいさんは、自分の半径数メートル以内にクマが寄ってくると、そのクマの感覚になれると言うんです。クマの匂っているものを见たり感じられたり、まるでクマとチャンネルを合わせているような感覚なのだそうです。」
二元论や人间中心主义を超えて
このように、ユーコンの先住民は「自然か人间」という二元论ではなく、「自然と人间」という対等な见方をしています。それゆえ、动物とのコミュニケーションを大事にするという、私たちと异なった方法で动物たちと共に生きているのです。このような世界観のもとで「动物」という存在を捉えなおしてみたらどうなるでしょうか。山口さんの「狩り」という実践は、二元论や人间中心主义的な视点を超えるだけでなく、自然との関係を断ち切ってしまった私たちが忘れかけた自然と人间の繋がり、そして决して人间が特别な存在ではなく、様々な生き物が「共にある」ことを思い起こしてくれるきっかけになるのではないでしょうか。

参考文献
- 奥野克巳?石倉敏明 (編) 2018:『Lexicon 現代人類学』以文社
