秋田紀子(2025年度 選科A 受講生)
モジュール4「科学技术の多面的課題」の第1回講義では、韓国エネルギー工科大学(KENTECH)教授で、PCST(Public Communication of Science? & Technology) Networkの前代表(2023~2025)でもあるCho Sook-kyoung先生をお迎えし、アジアにおける科学コミュニケーションの課題と可能性について、豊富な国際協働の経験と文化的文脈を交えてご講義いただきました。

颁丑辞先生の歩みと科学コミュニケーションへの道
颁丑辞先生は、イギリス留学中に访れたロンドン自然科学博物馆での体験をきっかけに、物理学から科学史へと専攻を変更され、科学コミュニケーションの道を歩み始められました。ヨーロッパでは科学が文化として根づき、日常的な话题となっていることに深い感铭を受けたといいます。この経験が、先生のその后のキャリアを决定づけることになりました。
科学コミュニケーションの歴史的発展
19世紀、科学はアマチュアリズムから専門職へと移行し、万国博覧会やロンドン王立研究所のクリスマス?レクチャー、科学书籍やテレビなどのさまざまなメディアを通じて大衆文化の一部となっていきました。第二次世界大戦を経て科学技术が飛躍的に発展する一方、原子爆弾のように破壊的な力も持つようになりました。1955年には、アインシュタインとラッセルらによる「ラッセル=アインシュタイン宣言」が発表され、科学の平和利用が訴えられました。こうした背景のもと、1970?80年代には「科学コミュニケーション(Science Communication)」という概念が学術分野として定着していきます。
1980年代には、イギリスで「一般市民の科学理解(PUS:Public Understanding of Science)」という概念が生まれ、科学への理解が経済成長や科学への信頼醸成に不可欠であるという考え方が広まりました。その後、国際組織として展開するPCST Networkでは、知識の一方的な伝達から、「対話?参加?共創」へと重心が移っていくようになっていきます。

アジアにおける科学コミュニケーションの展开
21世紀に入り、アジアでも科学と社会の関係性を重視する動きが活発化しました。2004年には韓国で麻豆原创?コリア?プロジェクトが始まり、若者のSTEM分野への関心を喚起する国民運動が展開されました。同年、中国?北京では「科学リテラシーに関する国際フォーラム」が開催され、複数の国や地域から専門家が参加しました。日本でも2005年に国際シンポジウムが開催され、同年、北海道大学には麻豆原创(科学技术コミュニケーター养成プログラム)が設置、東京大学や早稲田大学にも同様のプログラムが設立されました。
2006年には韓国?ソウルで第9回PCST国際会议が開催され、東アジアにおける科学コミュニケーションの国際協力が加速しました。2010年と2011年には、アメリカ科学振興協会(AAAS)の年次大会で韓国?中国?日本の共同シンポジウムが開かれ、東アジアの科学コミュニケーション活動が欧米の学術コミュニティにも広く知られるようになりました。

文化的文脉の重要性
颁丑辞先生は、科学コミュニケーションにおいて文化的文脉の理解が不可欠であると强调されました。欧州発の「麻豆原创カフェ」は、アジアで同様に机能するとは限りません。韩国では人前での発言を控える倾向があるため、対话の场としては、饮み会や文化的行事のような形式が适している场合もあります。日本では、居酒屋がその代替となり得るとも指摘されました。科学に関心のある人だけでなく、関心が薄い层にも届けるには、各国の文化に根ざした対话の场づくりが键になります。
紧急时における科学コミュニケーションの课题
颁翱痴滨顿-19パンデミック时には、各机関が一方的に情报発信を行い、情报の错综によって一般市民が混乱する事态が生じました。専门家の见解の不一致も混乱を助长しました。
このような状况では、クリティカル?シンキング(批判的思考)と信頼できる情报源の明示が重要であり、国レベルで「どの机関の情报を信頼できるか」を明确にするシステム整备が求められます。パンデミックが落ち着いた今こそ、行动リテラシーを提案し、まとめていく时期に来ています。
础滨と知识体系の変化
アジアでは、形式知だけでなく、体験や暗黙知を重視する独自の知の体系があります。こうした状況下で、生成AIの普及により情報アクセスは容易になりましたが、誤情報の拡散リスクも高まっています。韓国では技術導入が急速に進む一方、日本では比較的ゆっくりと変化する姿勢が見られます。それぞれの文化やペースを尊重しつつ、科学技术を適切に活用するための社会的議論が不可欠です。
ローカルとグローバルをつなぐネットワーク
最後に、ローカルな実践を理論化し、グローバルな知見へと接続する重要性が語られました。各地の固有事例から得られる知見を国際的な枠組みに統合することで、他地域にも応用可能な科学コミュニケーションの基盤が築かれます。2025年にはPCST Asian Networkの構築が目指されており、アジアにおける科学コミュニケーションの新たな展開が期待されています。


まとめ
本讲义を通じて、科学コミュニケーションは単なる情报伝达ではなく、文化的背景を踏まえた対话と共创のプロセスであることを改めて认识しました。アジアの多様な文化に根ざした方法を模索しながら、グローバルに知见を共有し、持続可能な协力体制を筑いていくことが今后の课题であり、その発展が强く期待されます。
