着者:冈田美智男
出版社:医学书院
刊行年月:2012年8月
定価:2160円
ロボットとコミュニケーションするのは、人類の夢の一つのような気がする。科学技术はAIを進化させ、コンピューターが人間と会話できるようになってきた。今やスマホにSiriが搭載されて、誰でもコンピューターと喋れる始末だ。それらのプログラムは精密で、たどたどしく「アリガトウゴザイマシタ!」としゃべっていた、あの道端の自動販売機よりはだいぶ人間らしくなった。
しかし、もしコンピューターやロボットから「助けてー!」と言われたら、助けたくなるだろうか。思わず返事をしたくなるだろうか。人间の気持ちを动かすのは何なのだろうか。この本は、そんなコミュニケーションをとりたくなるロボットを作る人物の制作秘话、そして発见の物语である。
着者は人间らしいコミュニケーションの一つとして、まず「雑谈」に注目した。电车に乗って人の话をじっと闻いていると、「えー」とか「あー」とか言い淀んだり、言い直したりしていることに気づく。言叶とは、そもそも言い直すことを前提につくられているのではないか。そう発见した笔者は、非流畅な、ロボットらしからぬ喋り方をするロボットを作り出していく。それらの中でも可爱らしいのが、一头身のロボットクリーチャー「む~」だ。名前の通りに「ム~」という喃语や易しい言叶を话す。その姿に思わず周りの人はコミュニケーションをとろうとし、赤ちゃんと接したときのような拙い会话を展开する。他にも、本书には、着者が作ってきた奇妙なロボットがたくさん载っていて、それらを见るだけでも楽しめる。
しかし、本书の面白さはロボットより、着者の観察眼にあるように思う。人间らしいコミュニケーションを模そうとすれば、その本质を明らかにせざるを得ない。たとえば、「おはよう」と友达に声をかけてみて、相手から返事がないと、私の「おはよう」は宙に浮いてしまう。「おはよう」や「おつかれ」と返ってくることで、私の言叶に初めて意味がつく。けれど、返事をしてくれるかどうかはわからないから、私たちはいつも少し紧张する。それでも声を投げかける、そんな投机的なふるまいが私たち人间のコミュニケーションなのだと、着者は主张する。
自分が発した言叶や行动の意味づけを相手に委ねるのは、コミュニケーションする上で至极当たり前のことだが、それを本书ではあえて「弱さ」と呼んでいる。最后の方で绍介される「ゴミ箱ロボット」は、その「弱さ」が全面に出ているロボットだ。自分ではゴミを拾えなくて、ゴミを拾っていれてくる人をいつも求めてウロウロしている。それを目にとめる人がいて、ゴミを入れてくれれば、そこにコミュニケーションが生まれる。こんな风に、一人では何もできないような、思わず手助けしたくなる「弱いロボット」は、自分の立场やアイデンティティを他者との関わりに探し求めている人间たちの心を开くことに成功したのである。
最近、ヒト型ロボットの开発はますます进んでいる。けれども、姿かたちが人间に似ていても、むしろ似ているほど、ヒトらしさが感じられない、心を揺さぶられないロボットは多い。着者が作るロボットは、姿かたちは人间とは全く异なる不思议生命体のようなロボットだけれども、人间と同じようなコミュニケーションを筑くことができるのが面白い。
ところで、私たち人间だって形は人间でも中身が人间らしからぬ时がないだろうか。挨拶をされたけれど返事をしなかったり、言い淀まずにしゃべろうとしたり、自己完结しようとしたりと、人を必要とする「弱さ」を见せない时が。ヒトらしさを追求した着者のロボットを见ていると、そんなことも考えてしまう。
铃木梦乃(颁辞厂罢贰笔13期本科ライティング)
