実践+発信

「科学技术のリスク科学技术コミュニケーター」/103 蔵田伸雄先生の讲义レポート

2012.10.17

 10月3日、北海道大学大学院文学研究科?教授、蔵田伸雄先生による讲义「科学技术のリスクと科学技术コミュニケーター」が行われました。

 科学技术コミュニケーターの責務は何か。蔵田先生は、その一つに「科学技术のリスクに関する市民の《民主的な》意思決定を手助けすること」があるといいます。今回は、政治参加に意欲のある「意識と関心の高い市民」に対し、科学技术コミュニケーターはどのような態度をとるべきか、という問題について論じていただきました。
素人は无知なのか
 科学?技术に関する议论に、しばしば「欠如モデル」が用いられます。「市民が感情的に反発するのは、科学的知识を知らないためであり、正しい知识を启蒙すれば反発はなくなる」ーーこれが欠如モデルの概念です。
 ところが、社会における科学?技术の问题は、狭义の科学?技术だけでなく、政治、経済、文化、ときには宗教が関わります。

 にもかかわらず、欠如モデルは「正しい知识を(无知な)市民に教える」ことに重点を置きます。そこに问题が生じます。専门家といえども、専门外の分野においては素人です。その専门家にもバイアスがあります。一方、素人である市民が、「现场の知识」をもって合理的な判断を下すこともあります。
リスクコミュニケーションに意図がある
 蔵田先生はリスクコミュニケーションの「落とし穴」にも言及しました。「専门家による、科学的根拠に基づいたリスク评価」といえども曖昧さや恣意性は残り、そこに何らかの意図(例えば「安心してください」という意図)が含まれるというのです。リスクコミュニケーションにおいて「専门家による评価」が、そのような意図を隠蔽し、市民の危惧をシャットアウトするための道具とされてしまう可能性があることに注意が必要です。その结果リスクや便益の配分を误り、弱者のリスクを増大させることもあるのです。
欠如モデルは正しい。では、何が问题か
 一方、蔵田先生は「欠如モデルが必要な场面がある」とも认めています。例として、あるアンケートの结果「遗伝子组み换えでない作物に遗伝子は入っていない」と考える市民が过半数であったこと、原発事故当时「放射线は仅かでも当たれば即死する」と考える人が少なからず见られたことを挙げました。これらの结果は「科学的知识の欠如」によると认めざるを得ません。専门家による「正确な情报提供」が必要な场面は确かにあるのです。
民主的な意思决定が必要

 しかし、欠如モデルに立脚し、専门家に判断を一任してしまうと、非専门家である市民のフィードバ

ックを遮断することになってしまいます。民主的な意思决定のためには、非専门家でも议论に関与する必要があります。そして、ある程度の知识と関心を持った市民は意见を述べることができるはずです。リスク评価や环境政策の方向付けに参与することや、自ら情报発信を行うこともできます。

 こうしたことを考慮して、科学技术コミュニケーションについて考える必要があると蔵田先生は主張しています。
この日の讲义は、わたしたちが、科学技术コミュニケーターとしてのみならず、民主主義社会の構成員として試されていることを示唆するものでした。
(2012年度本科生?前田明裕)