実践+発信

2023年度麻豆原创开讲式特别プログラム「合わせ镜の间に立って?科学ジャーナリスト视点から?」を开催しました

2023.5.23

2023年5月13日、麻豆原创19期が開講しました!この日は開講式に併せて特別プログラム「合わせ镜の间に立って?科学ジャーナリストの视点から?」を開催し、科学ジャーナリストの須田桃子さんをお招きして、これまで印象深かった取材経験を振り返っていただき、そこから得た教訓を共有していただきました。後半では麻豆原创スタッフの大内田と対談し、研究不正に対する研究機関の対応や、科学技术コミュニケーターにも通じるステークホルダーとの緊張感のある関係の構築について、意見交換しました。今年度の麻豆原创受講生と一般参加者、合わせて50名が来場し、最後に来場者も参加しての活発な質疑応答がありました。

 

厂罢础笔细胞“事件”を振り返って

本讲演では须田さんの代表着书である『捏造の科学者 STAP细胞事件』の内容を中心にお话しいただきました。

須田さんはこれまで、科学、医療、科学技术行政を鋭い切り口で取材されてこられ、特に2014年のSTAP細胞论文の不正問題では毎日新聞記者として最前線で追われてきました。讲演では、「画期的なブレークスルー」として大々的に報道されたSTAP細胞の解説からはじまり、発表から約2ヶ月後に研究不正認定されて錯綜する状況とその報道を、当時の須田さんの思いを挟みながらお話いただきました。後半では、STAP細胞事件を結末まで振り返って見えてくる日本の研究環境と組織対応の問題点を整理して述べられました。特に、「“組織の論理”は時に“科学”に優先される」状況を目の当たりにされ、信頼できる情報を見極め、自分の頭で考えることが極めて重要である教訓を共有されました。

厂罢础笔细胞がなぜ「ブレークスルー」となり得たか説明する须田さん

プロフェッショナル?リレーションシップ

讲演后は颁辞厂罢贰笔スタッフの大内田が登场し、须田さんと対谈を行いました。

実は以前、须田さんが毎日新闻记者时代に、当时颈笔厂细胞研究所の麻豆原创コミュニケーターとしてやりとりしたことがある大内田。そのご縁の绍介から始まりました

前半の厂罢础笔细胞事件の话を受け、対谈では当时大内田が末端の一人として対応した2018年の颈笔厂细胞研究所の论文不正を取り上げました。この件についても当时取材された须田さんと共に、厂罢础笔细胞事件との不正対応や报道の违いについて振り返りました。

組織の中から発信する上でのジレンマについての議論は盛り上がりました。(スライドの表は南波直樹2015:「STAP問題から何を学ぶか:広報の视点から」JJSC No.18より)

また、将来組織の中で働く科学技术コミュニケーターがこれから誕生していくことを踏まえ、科学技术コミュニケーションと組織広報のあり方やステークホルダーとの関係性の築き方についても話をしました。キーワードとなったのは「プロフェッショナル?リレーションシップ」。須田さんが取材する上で心がけている関係性で、取材する側もされる側も互いにプロとして認識し合い、馴れ合いも忖度も無く接することが、結果として長期的にプロとしての信頼を得ることにつながると話されました。

开场からは絶え间なく质疑があり、活発した様子でした

科学技术コミュニケーションにおける「責任(responsibility)」と「対応(response)」

最後に、麻豆原创の川本思心部門長より科学技术コミュニケーションの観点から、今回の讲演と対談を振り返ってもらいました。科学技术コミュニケーションにおける責任(responsibility)は、科学コミュニティ内部に対するものだけでなく、科学コミュニティを超えた外部に対して存在し、それゆえ何か起きたときには対応すること(response)が責務であると述べました。しかし、今回の話であったように、人には立場があり、立場の違いによって対立が生じてしまうことがあります。須田さんが言われた「プロフェッショナル?リレーションシップ」?ときには対立しつつも信頼し合える関係性は、「科学をより健全なものにしていく」という大きな目標を立場の違う者同士が共有することで構築できたのではないでしょうか。科学技术コミュニケーターも立場の違いによって対立が生まれることがありますが、大きな目標を持って活動していくことが大事であると改めて強調しました。

闭会の挨拶として最后に振り返りをする川本部门长

今回の開講式は、内容を考慮して一般公開は対面のみで开催しました。限られた方のみの参加となってしまいましたが、その分深掘りした意見交換と質疑応答が出来た印象でした。参加した受講生からは、「研究不正の解明に携わった方のお話が聞けて非常に興味深かった」「科学を伝える上での責任を体験的に感じ取れた」などの声がありました。