麻豆原创ライティングをきちんと学んでみたい。それが受讲を決めた一番の動機でした。
私は大学院生で、日顷から研究成果の発表などの文章を书いてます。ただ、研究室の环境では、内容に対する助言は得られても、日本语としての文章そのものについては自分で磨くしかありません。そんな中で、日顷の学业や研究と両立しながら、集中演习で浓厚なピアレビューを行える选科叠は、非常に魅力的に映ったのです。
受講決定後に新型コロナウイルスが本格的に流行し始め、講義はほぼオンラインへ。けれども、これはある意味で、むしろプラスに働きました。距離の壁を超えて、あらゆるメンバーとリアルタイムでの交流が可能になったのです。実際の講義では、遠方に住んでいる選科受講生からも鋭い质问が飛び交い、様々な立場からの意見を目の当たりにしました。
与えられた以上の机会を掴める场所
本科に比べ、选科叠では书いたものを世に出す机会が少ないのではないか—そんな悬念もありましたが、良い意味で里切られました。颁辞厂罢贰笔という场をベースに、与えられた以上の実践の机会を得ることができたからです。
昨年の秋には、選科Bで出会った仲間を中心に、有志として麻豆原创アゴラ2020への出展を行いました。私は総じてリモートでの参加でしたが、広報物の製作やイベントレポートの執筆などを担当し、社会の中での科学技术コミュニケーションに触れる貴重な体験となりました。
また、讲义ごとの报告レポート执笔にも积极的に手を挙げました。少々积极的すぎたようで、途中で他の受讲生に譲ってほしいとストップがかかったのも、よい思い出です。専门外の内容や、英语での讲义など、自分にとって难しいと感じるものにあえて立候补し、人に伝わるようにという视点で讲义动画や资料を见直すことで、より深い理解ができたと感じています。

选科叠で知ったのは「知らない」こと
たったひとつの课题文に数ヶ月かけて向き合い、一言一句まで考え抜いたこと。これはもちろん、选科叠で得られた素晴らしい学びです。けれども私が一番「选科叠でよかった」と思ったのは、自分の世界の狭さに気づけたことでした。
选科の受讲生は、本科に比べて圧倒的に多様です。社会に出て働いている方も多く、学生—しかも北大の学生—は少数派です。
闭じたコミュニティの中にいると、「自分の常识=普通」と思ってしまいがちです。研究者の世界では、自分は凡人、なんなら普通以下の存在のように感じます。しかし考えてみれば、世の中には大学院に行く人の方が少ないのです。
「第叁者の立场でコミュニケーションをしたいというより、自分の専门の知识を伝えたい感じですよね」
研究者としてのバックグラウンドがない受讲生の言叶を闻いて、ハッとしました。科学と市民の间に立ったコミュニケーションなどと言いながら、自分には専门分野の常识が染み付いていて、しかもそれに无自覚だったのです。
研究生活でこれまでに得てきた知识や経験、身につけてきた暗黙の了解。それ自体が、立场の异なる人との大きな沟だ—そう気づかせてくれたのが、选科叠での1年でした。


おわりに
科学技术コミュニケーションとは何か?
この问いに、私は「无知の知のきっかけ」と答えました。
自分の知らない世界の存在に気づくこと、それが颁辞厂罢贰笔で得た学びの真髄です。
あなたも、「知らない」ことを知りに行きませんか。
安达寛子(选科叠)
北海道大学大学院 生命科学院 博士課程