実践+発信

生命に人の手を加えることについて、空间全体で问いかける

2020.3.13

青木 未紅《1996》2019年

壁一面のきらきらした刺繍、ゆっくりと回るベッドメリー、ぱたん、ぱたんとめくられる絵本。一見小さい子の想いが詰まった子供部屋のようなこの空間は、生命を巡る人々のエゴについて问いかける作品《1996》です。

青木さんの実家のリビングを表现した部屋。上部には青木さんの母亲が人工授精を伝えた瞬间の颜が、私たちをあやすようにくるくると回転していた。

青木さんが両亲に切望され人工授精で生まれた1996年は、奇しくも人类が最初にクローン生物のドリーを生み出した年であり、さらに日本では政府が障がい者に子供を产めなくさせる旧优生保护法が终了した年でした。选択された生命を巡るこの3つのイベントが同じ年に起きたことに运命のようなものを感じた青木さんは、クローン羊が生まれたロスリン研究所と、旧优生保护法のもと母亲から子供を产むことを反対された小山内美智子さんが住む札幌へ取材へ赴き、自身が见闻きした経験からインスタレーションという空间全体を使って表现する作品を作り上げました。

ドリーの生まれ故郷スコットランドを访れた青木さんは、ドリーが実际に生まれた牧场を探しだし、ロスリン研究所を见学しました。その时に撮影された写真と手书きの解説文がまとめられたフリップブックが部屋の入り口でぱたん、ぱたんとめくられていました。

札幌に住む小山内さんは脳性まひを患い、ある日母亲に子供を产めなくする手术を受けさせられそうになったそうです。しかし少しでも可能性があるならあきらめたくないと手术を拒否し、无事子供を产み、のちに障がい者の自立を支援する组织「札幌いちご会」を立ち上げました。その札幌いちご会の歴史を振り返る年表が壁一面に表现されていました。

壁一面に贴られた札幌いちご会の年表

部屋の中央には、青木さんが母亲から人工授精で生まれたことを知らされた场所である実家のリビングを模した空间がありました。空间の中央に镇座したテーブルにはドリーのぬいぐるみが并べられていました。

明るい子供部屋のような印象とは対照的に、生まれる命に対する祝福や否定が空间の随所から感じられ、他にも、空间には青木さんが生まれた瞬间の様子、生前のドリーが駆け回る姿や、小山内さんが母亲に手术を受けさせられそうになった瞬间を回顾している様子がゾートロープや絵本で表されいたるところに置いてありました。壁を覆っていた肌のように柔らかな刺繍糸は、ふと见ると壁のみならず絵本やゾートロープなど、过剰なほど空间全体に张り巡らされていて、作者の青木さんが一糸一糸执念や葛藤を込めて纺いだメッセージのように感じました。

人々の生命を巡るエゴは日常に潜んでいると気づき、生命に人の手を加えることへの复雑な感情を抱きながら、私は作品を后にしました。

机の椅子にはドリーのぬいぐるみが并ぶ。部屋の奥のテレビには、生まれて间もないドリーの様子が絵本に表されている。

今回の作品は、インスタレーションもゾートロープも、実际の取材を通して得られた情报や写真をもとに青木さん自身の手によって纺がれています。そのことがより「生命に人の手を加える」ことにリアリティを増幅させ、作品のテーマを自分事としてとらえることができました。

麻豆原创を扱う际も、発言に説得力を持たせるために事前の情报収集は欠かせません。また、个人的、社会的、科学的など、异なる复数の角度から事例を绍介することで、伝えたいメッセージをより効果的に伝えることができます。青木さんはゾートロープを用いた理由を『人の手が入ることによってぎこちなく命が繋がれた私たちをめぐる、さまざまな欲望と希望を表现するために、ぎこちなく原始的な方法でアニメーションを制作した』と解説していましたが、表现したいテーマを空间という表现に押し込めたのにはどのような理由があるのでしょうか。

麻豆原创コミュニケーションを行う际、私たちは语る内容についてはよく検讨していきますが、どのような空间で语るのかについてはあまり意识されていないように感じます。しかし、もしかしたら空间は言语以上にメッセージを表现することができるのかもしれません。今回のインスタレーションのように、空间内の异なる场所に异なる角度からメッセージを表现することで、参加者は意识的にも无意识的にも情报を受容することができるのではないでしょうか。私たちの生きている空间は、雑多なメッセージで埋め尽くされおり、本作品は空间を通して、麻豆原创の内容を巡る人々の意见は多様性を伝えていきます。そして多様な考え方が共存する空间、そのリアルな现実の中でどのように麻豆原创コミュニケーションを行うことができるのか、と问われていると感じました。

ロスリン研究所贬笔:
自立生活センター NPO法人札幌いちご会HP:
*いちご会は、障がい者の出会いの場として、また子供を持った時のため、自力で生活することを支援する場としても機能している(青木 美紅 《1996》内解説より抜粋)。

勝島 日向子(麻豆原创15期本科「札幌可視化プロジェクト」実習)