実践+発信

JJSC28 アドバイザーコメント

2021.4.12

JJSCでは外部のご意見を頂き、編集方針等を改善していくため、アドバイザー制度を設けています。第28号に掲载の論考についてアドバイザーから、コメントをいただきました。公開の許可を頂いたコメントについて公開いたします。

加納 圭 滋賀大学 教育学部 教授

緊急小特集ノートでは、コロナ禍において重要性が増している博物館施設のオンラインでの取組や、ペット飼育者の心理的?社会的障壁をテーマにしたものが掲载されており、コロナ禍での科学技术コミュニケーションの特徴や課題を独自の視点から浮き彫りにしている。
報告では、デザイン、トランス麻豆原创、政策関与、アートがテーマになっており、現代の科学技术コミュニケーションがカバーする領域の広さが伺える。
このように、科学技术コミュニケーションの実践はコロナ禍でも留まることを知らず、より拡がりをもってきているといえよう。

一方で、今号だけに限らず、论文が少ないことが课题だ(今号は论文数がゼロ)。例えば、実践内容に、质的?量的な研究手法が加わることで论文になることが期待される。実践者が论文を出版することで、得られたエビデンスが実践にも好影响を及ぼすことが期待される。
このように、実践と研究の両轮が廻るように补助していくことも本誌の役割の1つとして期待され得るだろう。研究手法について共有するセミナーや论文の书き方セミナーなどを开催していくのも1つの手段となるだろう。

(2021/3/25)

竹田宜人 北海道大学 大学院工学研究院

【紧急小特集ノート全般】

新型コロナウイルス感染症は、未知の部分も多く、知见も不确実性の多い题材であり、紧急小特集で取り上げたことは野心的で、大いに评価するところです。
さらなる展开として、科学的知见や社会の状况が刻一刻と変貌していくこのような课题に対しては、报告ごとのコメントに记载した通り、今后のフォローが非常に重要と考えます。

また、対面式の対話への制限は、本感染症の特徴でもあり、対話を基本とする科学技术コミュニケーションへの本質的な影響も大きいのではないでしょうか。本誌では取り上げられていませんでしたが、今後のテーマとして、本感染症が科学技术コミュニケーションの本質に与えた影響を掘り下げて検討していくことも重要ではないかと思います。

【颁翱痴滨顿-19感染拡大下における博物馆施设のオンライン発信の倾向と分析】

紧急事态宣言下において、闭锁を余仪なくされた博物馆等がオンラインによる情报発信を强化していった状况がまとめられ、记録としての価値は高いと思われる。また、博物馆同士の连携や市民との协働が拡大していったことは、厂狈厂という情报インフラの効果的な活用事例ともいえよう。ゲームソフトとの连携で所蔵作品が一般ユーザー向けに公开され、利用にある程度の自由が认められたケースは、通常では写真や动画の撮影が制限される事物が、バーチャルではあるが、个人利用が可能となった点で、笔者の指摘するように、今后の拡大が期待される动きである。

本论を読み、このような活动が、ユーザーにどのような影响を与えたのか、利用者の満足度はどうであったのか、博物馆等が感染症拡大前に期待されていた社会的机能を补完できたのか、博物馆とはいえ経営上の课题もありこのような活动が今后一般化していったときにこれまで通りの経営でよいのか、など様々な疑问が生まれた。継続的な调査研究の中で、このような视点での展开も期待したい。

【新型コロナウイルス感染症がペット饲育者にもたらす心理?社会的困难】

本论は、感染症が拡大していく过程で、未知のリスクに相対したときの人々の思いや行动への影响を獣医师という専门的な见地から、紧急アンケートを行ったものである。その结果から、自然灾害时の避难所におけるペット问题との共通性を踏まえつつ、ペットとの共存における课题の洗い出しを行ったものと理解した。

2点、科学技术コミュニケーションの観点から意見を述べたい。

図2を拝見すると、人への病原性、感染性、ペットへの病原性、感染性はある程度、飼育者は理解しているように見える。調査時期が2020年の5/20?6/3ということやこの問題に関する公的機関の情報提供が以下のとおりであることを踏まえると、早い時期から飼育者は適切な情報提供を受けていたようである。アンケートには、情報の入手先などの項目はなかったようであるが、科学技术コミュニケーションの観点から、この点への視座や深掘りが必要と考える。

感染症拡大当初、犬や猫の感染事例やミンクから人への感染が報じられ、社会的な関心が高まったが、厚生労働省の「動物を飼育する方向けQ&A」は2021年7月7日を最後に改定がなく、公益社団法人 东京都獣医师会危機管理室 感染症対策セクションが「ペットの新型コロナウイルス感染症のPCR検査について」との文書を8月6日に公開した後は新たな情報が少なくなっているようである。东京都獣医师会の情報では、ペットから人への感染や飼育環境下でのペットからペットへの感染は報告されていない、との明確な情報提供が為されている。

厚生労働省:

东京都獣医师会

本論の考察は、感染拡大初期にペットとの係わり方の問題提起が為された頃のものであり、速報的な性格を持つ。状況や知見が急速に変わっていく課題を扱う上では、速報での報告ののち、ある程度時間が経過した後に、フォローアップが必要ではないかと考える。それは、本誌が学会誌の体裁をとる限り、掲载论文が議論の対象になるという点を忘れてはならないという点である。状況が変われば、知見も変わり、論述も変わるだろう。それにどのように対応していくか、ということが緊急特集に課せられた課題ともいえる。

【多様な视点からトランス麻豆原创について考える麻豆原创イベントの设计と実践】

培养肉の问题を题材に、トランス麻豆原创の课题を考えるアクティビティの开発に取り组んだ実践报告に加え、イベントを设计していく过程も含めた报告であり、兴味深く拝読した。情报提供と选択を繰り返し、间にメリットとデメリットをグループで言い合うワーク(别の视点の体験)を入れるなど、短时间でトランス麻豆原创について気づきを得ることを目指しており、笔者の问题意识の在処は良く理解できる。

以上の评価を背景に、课题を提示したい。このような麻豆原创イベントにおいて、参加者の知识や态度の変化をイベントの効果测定の指标に置くことが多くなっている。笔者も「意见を形成することを目的として设计」と书かれているように、このアクティビティの目的を达成するには、妥当な指标であることは间违いない。しかし、「科学に问うことはできるが、科学によって答えることはできない」ことと、情报提供によって态度が移り変わることはトランス麻豆原创の概念の理解において、同义と言えるのか? 笔者が指摘する「培养肉に対する考え方が変化していくことを体験(13ページ下1行)」することが、トランス麻豆原创の理解につながるか、充分な検讨が必要と考えられ、今后本论が普遍的な知见として発展していくためには必要なことと考える。

【宇宙対策を扱う対论型麻豆原创カフェ】

本論は、科学技术コミュニケーションにおける方法論の一つである麻豆原创カフェを扱ったものである。先に論じた木村らの報告とテーマには共通性があるが、より意見変容に視点を置いた対話の設計を意識したものと理解した。このような報告で多く見られる問題意識に低関心層へのアプローチがある。本論でも、政策の場への参加者の意見反映を目的としたときに、その代表性の観点から、参加者が高い関心層に偏ることへの指摘がある。そのためには、気軽に多くの人が参加できる仕組みの工夫が必要であることから、「対論型麻豆原创カフェ」を提案、実践した報告と解釈した。

ここで、「?トランス麻豆原创?」と共通する问题提起をしたい。なぜ、参加者は意见変容をしなくてはいけないのか、ということである。意见を変えるということに意义があるとすれば、企画者にとって望ましい意见の表出に向けて场をコントロールできる、といった意识にも繋がっていく。本论でも、「运営侧が事前に割り当てた立场からの主张」との记载から、笔者はある程度この点を意识しているように见える。

この手法で、意见が変わったとの知见は逆に言えば、この手法なら意见を変えられるという解釈にも繋がっていく。本论でも「地域住民等のステークホルダーとどのように対话することが望ましいか」との记述があることから、宇宙政策に関する议论だけではなく、施设建设に関する住民説明も视野に入れているようにも読み取れる。

科学技术コミュニケーションの企画において、目的の明確化、目的達成のための手法やその効果測定の考案は重要な要素の一つである。

福島第一原発事故を原因とした除染土やトリチウム水の処分、核の廃棄物問題、土壌汚染等様々な、科学的な知見を背景とした社会的課題があり、ステークホルダー間の対立が社会問題になっている。そのような場で、科学技术コミュニケーションの知見やノウハウの活用は社会的な実装において重要であり、否定されるものではない。

しかし、人の意见を変えるということが、このような场で何を意味するのか、その问题の构造や人々の意识、価値観まで熟虑のうえ、充分な考察を行うことが必要ではないだろうか?なぜ参加者は意见を変えなければいけないのか、意见を変えるということを评価轴とする意味は何か、改めて议论してはと思う次第である。

【参加者の自発的交流と参画を促す科学技术コミュニケーション】

本论は、当事者性、受容可能性、柔软性の叁点に着目した方针に基づき、実践の场を设计した报告である。「説明者がボードの完成度を过度に高めてしまうことで「私が书き込むとボードの完成度が下がりそう」という感覚を与えてしまうと、受容可能性が下がる」との指摘は非常に兴味深い。玉泽らも参加者の偏りに関する指摘をしており、専门性の高い内容ほど、関心の高い参加者に偏る倾向があるとすれば、受容可能性をいかに高めるか、というところで工夫が可能かもしれない。このように论説を横ぐしで読み、共通点や差异を探すことも本誌の価値の一つに思える。

また、科学と社会の関係を考察するうえで、重要な視点である「対話を通じて科学技术に対する参加者の声を傾聴することでその意見や知識を把握?理解すること」、「参加者が科学技术の背景を理解した上で、対話を通じて説明者やほかの参加者とともに新たなアイデや視点を生み出すこと」を踏まえて、設計された「色のパッチワーク」や「アイデアをつくる」といったアクティビティは教育的な側面もあり、汎用性の高さを感じた。

本論では、その手順と定性的な評価が述べられているが、今後の検討として、設計された质问紙等を用いて、その効果を客観的に評価できれば、さらなる展開も期待できる。

【绵毛を取り扱うアート作品を通じた生命の表现について】

科学技术コミュニケーションにおける表現の手法として、アートとの連携を模索する動きは一つのジャンルとして一般化してきたように考える。本論は、様々な生命とたんぽぽの表現に対する感想について述べたものであり、筆者の思考過程をまとめた評論ともいえるだろう。
筆者も「個人的な文脈で考えることを促すという利点」と述べているように、物事を見聞きしたときに、それぞれが抱く思いや価値観の多様性に気付き、相互に認めあうという行為が科学技术コミュニケーションの中でどのように位置付けられるのか、今後の思索の展開も可能なような気がした。论文や報告といった、構造化された文書ではなく、このような萌芽的な文章の掲载もこの分野では必要なことと考える。

(2021/4/8)