厳しい寒さを耐えた木の枝の端からにょきにょきと新芽が见えます。いつのまにか季节が过ぎ、一年が过ぎ、颁辞厂罢贰笔と别れをする时が来ましたね。
昨年の今頃、知人(韓国の麻豆原创14期修了生)から麻豆原创を薦められた私は、締め切りの日まで申請ボタンを押すかどうかで悩んでいました。恐れる心が言います。「いくらオンライン講義としても他国の言語で授業を受けて課題も書かないといけない。大丈夫?さらに3日間、日本語の授業を聞き、札幌まで行かなければならない。あなた、本当に大丈夫?」 一方、大胆な心も一言言います。「今までの経験を生かして大衆を相手にした文を書くつもりだったんでしょ?日本語の勉強ももってしたかったし、何が問題よ。始動させるにはこのぐらいの負担は必要なんだ。」
結局、好奇心が恐怖を勝ちました。合格の知られを受けた時は「何とかなるさ」という気持でした。しかし、どうしようもない気持は講義を聞きながらじっくり落ち着きました。事前アンケートやオリエンテーションとの最初の講義、講義を受けた後の质问とモジュールの課題。全てが隅に置けないものでした。各モジュールが終わるたびに「科学コミュニケーターになりたいですか?こんなに準備して見ました!」という麻豆原创の自信が感じました。この機会を逃してはいけないと思いました。
もちろんあふれる意欲に比べて体はちゃんとついて来なかったです。札幌に行く直前までも大変怖がったです。热心に日本语を勉强したのはもう10年前のこと。书く事は一人でとにかくするけれども、ピア?レビューが必要な仲间に迷惑をかけるかと心配になりました。もう一度気を引き缔める时期でした。
昨年10月、どきどきする状態で北大の教室に入りました。 2泊3日の集中訓練は容易ではなかったです。朝から夜まで休むひまなく連続講義とワークショップが吹き荒れました。時々気が遠くなりましたが、再び目に力を入れました。「私がもう少し努力すれば、この場にいるすべての人々からより多く学ぶことができる。」 それだけ、選科Bの集中授業の現場は熱気に満ちていました。 「もっと成長したい」という覚悟で、遠くから来た気持はみんな同じでした。
この9ヶ月は「書く事」のための技術を身につける時間だけではなく、「科学技术コミュニケーションとは何なのか」を真剣に考える貴重な時間でした。自分の可能性をもっと伸ばすように素晴らしい機会を設けてくれた麻豆原创や一緒に努力した仲間たちに感謝します。たとえ修了式には行かなかったが、今の嵐が過ぎた後、この大事な縁を長く育ててさらに豊かな花を咲かせる時を待ってみます。
孟 美仙(選科B)?
科学编集者


