秋田纪子(2026年度选科颁受讲生)
科学ジャーナリストで同志社大学特别客员教授の元村有希子先生に、「ケアと科学とコミュニケーション」についてご讲义いただきました。讲义は先生の温かい语りかけで始まり、受讲生との対话を织り交ぜて进められました。

「理科嫌い」が科学记者に
元村先生は高校卒業直前に文転し、大学では臨床心理学を専攻、卒業後は毎日新聞社に記者として入社、2001年に科学環境部に配属となります。ご自身の言葉を借りれば、いわゆる「理科嫌い」が科学记者になったのです。先生はその仕事を、「科学者?技術者に伴走しながら『まだわかっていないこと』を追いかける営みである」と表現されました。高校までの理科や数学が「すでにわかっていること」を学ぶのに対し、未知の事柄に向き合い、自分自身のワクワク感を率直に伝える、まったく別の仕事だったといいます。
当时の日本では「麻豆原创コミュニケーション」という言叶はまだ一般に认知されておらず、概念が定着したのは2005年顷。先生の実践は时代を先取りしていました。2024年からは実务家教员として同志社大学で麻豆原创?コミュニケーター养成副専攻を担当されています。最近では文系学部の受讲者が増えており、「科学技术についても知っておかなければならない」という认识の広がりに希望を感じると语られました。
ハインツのジレンマが映し出す「ケアの伦理」
讲义の核心は「ケアの伦理」です。导入として扱われたのは「ハインツのジレンマ」。妻の治疗费を工面できないハインツは薬を盗んでもよいか、という问いです。正解を问うのではなく、答え方からその人の価値判断の特徴を见る问いです。
1970年代、当时11歳のある男児と女児にこの问いかけがなされ、男児が「盗むべきだ」と即断したのに対し、女児は「薬剤师を説得して支払いを后にしてもらえないか」「なんとかお金を集められないか」などと时间をかけて悩んだといいます。従来の発达理论では、明确な结论に达した男児の方が発达度が高いと评価されました。
しかし、米国の心理学者キャロル?ギリガン氏はこの解釈に异论を唱え、すぐに判断できることだけが、より正しい成长を示すわけではないと指摘しました。そして、他者の声に耳を倾け、関係性の中で行动を决める规范を「ケアの伦理」と名付けました。

受讲生からは、「盗んだ薬で治疗されても妻が悲しむから、自分は盗まない」という意见がある一方で、「杀人と比较した窃盗罪の軽さと、妻の死という重大な事态を天秤にかけた上で、自分は盗む」という意见もありました。他者を思いやる视点と、罪と结果を冷静に比べる视点。対立する「ケアの伦理」と「正义の伦理」が一人の人间の中に共存し、选択を迫られたときにその人の価値観が表面化するのを実感しました。
现场からの问い――ケアの伦理は実装されているか
次に、「ケアの伦理を科学技术にどのように组み込むか」という问いに移ると、受讲生から现场に根ざした切実な声が闻かれました。
农业を研究する立场からは、気象条件は年ごとに异なり、土地の状况も実験室で再现しきれない以上、研究者は「これが絶対に正しい」と伝えることはできないため、不确かさや适用范囲も含めて説明する姿势が大切だという意见が出されました。
また、看护の临床现场からは、クリニカル?パス(疾患に応じて定められた标準化された手顺)などに沿ってケアを行うものの、それに従うことだけが患者にとって必要なケアなのだろうか、という问いが示されました。

介护现场からは、センサー机器が患者さんの「トイレに行きたい」というサインを検知したとしても、実际は「その场を离れたい」「一人になりたい」など别の思いがあるかもしれず、その技术が利用者の幸せに寄与するのか、悩みながら使っているという声もありました。
このように、「ケアの伦理」はまだ十分に実装されていません。科学技术の「开発?使用?社会的受容」の各プロセスで「ケアの伦理」を意识すること、また、専门家以外が関わることが理想ですが、それを谁が担うのかという课题も残ります。
ケアを组み込む叁つの视点、そして「共助」の科学へ
続いて、科学技术にケアを组み込む际の叁つの视点について论じられました。
第一は「弱者が弱者でなくなるテクノロジー」です。绍介されたのは、人に寄り添うことに価値を置く「尝翱痴翱罢」、寝たきりや难病の方が接客や会话を通じて社会参加できる分身ロボット「翱谤颈贬颈尘别(オリヒメ)」です。そして「颈笔丑辞苍别」。全盲の叁宫麻由子氏は、着书『わたしの别测别笔丑辞苍别』で、「掌の中で一所悬命読み上げてくれる小さな存在のおかげで、社会的な尊厳まで授かった」と缀っています。科学技术は「心ある使い方」によって、それを必要とする人々のケアになり得るのです。
第二は「研究のデザインや进め方へのケアの导入」です。京都先端科学大学の川上浩司教授は、手间をかけた家庭菜园の野菜を味わうように、あえて「不便さ」の価値を认める「不便益」という考え方を提起しました。1970年を境に、多くの日本人の自然観は「自然を征服する」から「自然に従う」へと変化しました。科学技术の进歩が謳歌された大阪万博の年、公害问题も表面化したのです。脚本家の仓本聪氏は「日本は高度成长でジャパンというスーパーカーを作ったが、ブレーキとバックギアをつけ忘れた」と述べ、便利さの行き着く先に警鐘を鸣らしました。ただ便利さを追求するのではなく、自然を大切にしながら不便さを受容して生きる意义が示されました。
第叁は「ケアを軽视する构造の是正」です。最近では、男性を标準とした既存の研究开発を见直し、「ジェンダード?イノベーション」に基づき、性差やジェンダーの视点を取り入れることが科学技术に求められています。また、形式的な机会平等にとどまらず、结果として不利益が残っていないかを公平に见直すことも大切です。

例えば、ノーベル赏から「外された」女性たちについて言及されました。新天体「パルサー」の発见に贡献したジョスリン?ベル?バーネル氏は、ノーベル赏を受赏できませんでしたが、后にブレイクスルー赏を受赏し、赏金300万ドルを女性やマイノリティなどの研究者支援に全额寄付しました。
环境活动家のワンガリ?マータイ氏は、多くの女性とともにケニアを中心にアフリカ各地で5000万本以上の木を植え、「平和とは限られた资源を皆で公平に分け合うことだ」と语りました。
地球科学者の猿桥胜子氏は、「正しいことは正しい」という信念のもと、米国に単身で渡り、自分のデータの正しさを科学的に立証し、后に女性研究者支援のため、私财で猿桥赏を创设しました。
ベル?バーネル氏、マータイ氏、猿桥氏のまっすぐな正义感を轴とする歩みには、同じ女性として勇気づけられます。数学者の広中平祐氏は、「女性は繊细で、素朴で、勇敢だから研究に向いている」という言叶を残しています。
最后に、福岛原発事故について、电気(とりわけ原子力)の受益者と受苦者の非対称性に目をつぶってはならず、「批判されても言い続けなければならない」という先生の强い思いが语られました。科学技术を、「强い?竞争的な?自助」という価値観だけで捉えるのではなく、「弱い?共生的な?共助」という、あえて逆の価値観も入れて考えてみようという提言で缔めくくられました。この讲义を通じて、科学技术を伝えることは、知识を正确に分かりやすく伝えるだけでなく、谁の声が闻かれ、谁の苦しみが见落とされているのかを问い続ける営みでもあると感じました。

(元村先生ありがとうございました)