今回の讲义には、神戸大学大学院医学研究科の感染症リスクコミュニケーション分野で教授をされている岩田健太郎さんが来てくださいました。現在話題となっているエボラ出血熱などを例に、科学的な問題を扱うときに陥りやすい思考法について説明されています。ユーモア溢れるしゃべりで笑いを起こしながら、切れ味鋭く問題の患部を指摘していく岩田先生独自の讲义が繰り広げられました。
エボラ出血热の本当の问题
现在アフリカの一部の地域を中心に猛威を振るっているエボラ出血热ですが、そもそもなにが怖いのでしょうか? 岩田先生の突然の质问に対して、受讲生が头をひねりながら答えました。そんな中で出てきた回答のひとつが「感染力」でした。国をまたいで広がるほどの强い感染力を持つと思われているエボラウィルスですが、そもそも「感染力」とはどう定义したら良いものなのでしょうか?この质问には受讲生も言叶が少なくなります。
岩田先生は言います。ルートヴィヒ?ウィトゲンシュタインが「言语ゲーム」という言叶で表しているように、言叶の定义が曖昧でもあまり问题ではない场合は确かに存在します。例えば「美女」という言叶は、个人の感じ方の违いもあり厳密に定义することは难しいものですが、それでも人はコミュニケーションを成り立たせることができます。同じように、私たちは感染力という言叶を、定义を曖昧にしたまま使っているのです。
しかし、科学の世界においては、定义づけをおろそかにしてはなりません。つまり、何の话をしているのかを常に明确にしておくべきだといいます。エボラ出血热が怖がられている本当の理由は、高い致死率であり感染力ではありません。感染力ならば毎年数百万?数千万人がかかるインフルエンザのほうが遥かに高いのです。本来は感染力と高い致死率の危険性は分けて议论されるべきであるのに、一绪くたに议论されることがしばしばみられます。その结果、高い致死率というインパクトの强さが感染力という别の要素にまで加味されてしまい、リスクの正しい评価を妨げてしまっているのです。
「わからない」と言える人ほど贤い
また岩田先生は考え方の一つの姿势として、质问することの大切さを説いていました。これからの时代は社会の情报化が加速していくと考えられ、各分野の専门知识や情报量が膨大なものとなるため、一个人がすべての知识を学びとることは不可能となるといいます。専门性も増々细分化されます。そんな中で最も大切になってくることが、自分が知らないことをしっかりと质问できる力なのです。
质问をするには、自身のわからないことをしっかり自覚する必要があります。ここで、わからない自分を耻じてはいけません。知识の総量は少ないかもしれませんが、知性として劣っているわけではないのです。むしろ、自身の知识の外侧の世界に目が行っているため、贤いといえるでしょう。逆にどんなに豊富な知识を持っている人でも、自分の知识の中で胜负しようとしている人は井の中の蛙です。
例えば、例えば1950年当时の医学知识が倍に増えるのには50年かかりました。しかし、2020年の医学知识はわずか73日で倍に増えると予测されています。これではどんなに头がいい人がどれだけ勉强したところで、知识の増加に追いつくことができません。知らない知识が、知っている知识よりもはるかに多い状况となります。
イマジネーション = 人間がもつ大切な力
ノーベル赏を受赏するような科学者のもつ素晴らしい能力の一つは、豊かなイマジネーションです。彼らの素晴らしさは豊富な知识を持っていることではなく、自身の知识の外侧を絶えず想像しながら生きていることです。どんな分野においても、ブレークスルーを起こしていくためには、知识の境界の外侧をイメージする力が最も大切になるといいます。
豊かなイマジネーションを养うために私たちができることは、出会う様々なことに対して质问していくことではないでしょうか。质问を考えるプロセスを何度も経験していくことで、自分の知识の外侧にも自然と目が向けられるようになるのだと思います。
本日の讲义では、情報溢れる社会で生きていくのに大切な、考え方の心構えを学ぶことができたと思います。
岩田先生、ありがとうございました。
上海一辉(2014年度颁辞厂罢贰笔本科/工学院修士2年)



