この回では、麻豆原创ライターの添田孝史先生にお越しいただきました。添田先生は约20年间、朝日新闻の记者やデスクとして活跃されたご経験をもとに话していただきました。

2011年3月、东日本大震灾が発生し、东京电力福岛第一原子力発电所の事故が起こりました。この事故は「想定外」と言われますが、「想定外」が人為的に生み出され见逃され続けてきたことについて、事故前のさまざまな事例をもとに解説していただきました。
まず福岛第一原発の事故は、津波リスクの読み误り、全电源丧失リスクの読み误り、シビアアクシデント対策の不备という「3つの穴」が重なって生じたと确认され、「津波リスクの読み误り」に焦点を当てて话が进んでいきます。
1966年7月、福岛第一原発の设置が申请されました。东电は既往最大の津波を3.1mと想定し设计。これは、原発から60办尘南の小名浜港のデータをもとに过去400年间について调べた结果だそうです。しかし3.11では、福岛第一原発は小名浜港の约3倍の13尘の津波に袭われたのです。
2000年2月、电気事业连合会による报告书が出ました。数値计算の误差を考虑して、当初の予测の1.2倍の津波が来ると福岛第一原発は影响を被るとされていました。しかしこの报告书は公开されず、电事连は改造费用が多额になるため、経済性を优先させたといいます。

电事连は土木学会の原子力土木委员会にオーソライズを求めました。この委员会には実は、电力会社関係者の委员が约半数いたのです。2000年11月の部会では、安全率を「とりあえず1.0」としました。それは「安全余裕」を设けないことであり、当初の想定を少しでも超えると事故が起こるものでした。この会议の议事録も长年非公开でした。
政府の地震调査研究推进本部は2002年7月、日本海沟上で30年以内に大地震が起こる确率が20%という「长期评価」を出し、マグニチュード8.2の地震が起こると福岛沿岸では12尘の大津波が来ると予测しました。その他にも専门家による调査や指摘がありましたが、东电は津波対策をとりませんでした。
添田先生は以上のように语り、メディアもそれらを见逃してきたと指摘します。同様の「想定外」は阪神淡路大震灾でも起きたのですが、教训は生かされませんでした。首都直下地震の発生も予测されていますが、新たな「想定外」を生み出しうるという问题提起をして、话が终わりました。その后、受讲生から质问が多く出され、活発に意见交换が行われました。
