「てくてく、原子力」シリーズは、颁辞厂罢贰笔なりに今の原子力と社会の関係を探ります。
2024年度の対话の场の创造実习は、「科学をあるく」という展示を企画しました。そこでテーマにしたのが悪い技术ってあるの?ということ。原子力技术は戦争にも、医疗にも、エネルギーにも使われる技术です。良い科学技术、悪い科学技术の境界线はどこでしょう。
吉田省子さんはリスクコミュニケーションの研究者。吉田さんからみて私たちはどのようにリスクある科学技术を利用するべきなのでしょうか。

<プロフィール>
川本思心(かわもと ししん)
北海道大学大学院理学研究院 准教授
専门分野:科学技术コミュニケーション、科学技术社会论(厂罢厂)
趣味はレゴ、生物饲育、カヌー、トーチカ巡り
――川本先生は元々理学の研究を大学院ではされていて、その后科学技术コミュニケーションや科学技术社会论の道に进まれたんですよね。こうした方向転换をなさったのはどうしてだったんですか。
最初は理学生物学の基础的研究として、ミミズの再生の研究をしていました。だけど、基础的な研究の意义って一体何なんだろうなっていうことをやっぱり自然に考えるようになって。医学研究などでは直接人の役に立つので研究の意义が见出しやすいんですけど、基础的な研究ってやっぱりそれとはちょっと违って。意义はあるに违いないけど、それは一体何なんだろうかとか、それをどのように説明したらいいのかなっていうのを、自然に考えだしたのが一つのきっかけだったと思います。
――その后のご専门の一つが「デュアルユース」ですよね。まず、デュアルユースついて教えてください。
デュアルユースは、大きく「军民両用性」と「用途両义性」に分けられます。军民両用性は、军用にも民生にも利用できる情报や技术のことを言います。用途両义性は、ある情报や技术が私たちの利益になっている侧面がある一方で、それが逆に私たちの生活や安全を损なう侧面も持っていることを意味します。
――デュアルユースに関心を持たれたきっかけは。
元々アンビバレントなものに心惹かれる部分があったからというのも一つですが、あとは科学コミュニケーションに関わり始めたときに、専门家が一般市民のリテラシーや意识を调べたりして、その结果をもとに科学コミュニケーションを改善しましょうというアプローチが多かったんですよね。でも、それ以前に自分たち研究者自身が全然なっていないなと感じていました。研究者たち自身が科学コミュニケーションの一つの重要なアクターとして、まずは専门家间でコミュニケーションをどう取っていくべきかという问题意识がありました。その一つがやっぱりデュアルユース问题にあるのかなと思います。
――日本では、デュアルユースに対する対策としてどのようなものがあるのでしょうか。
先端科学技术の用途両义性に対しては、トップダウンからボトムアップまでいろいろやられています。法律としては、遗伝子组み换え作物の规制措置であるカルタヘナ法や、日本と海外の间で兵器やテロに転用されるものが取引されないための外為法などがあります。
デュアルユースは大きく言うとセーフティの问题とセキュリティの问题があると言われています。セーフティの问题というのは、危険なものから人间を守るっていう、つまり病原性のある细菌だったり、ウイルスから研究者とか地域住民とか、そういう人达を守るという考え方ですよね。セーフティの面では、いろいろ教育や対策がなされていて、制度的にも机械的な施设などでも対策がされていいます。
ただし、もう一つのセキュリティについて、つまり危ないものを谁かが胜手に持ち出したりとか、何か悪いことに使うことを防ぐための対策は、まだ十分ではありません。
――それはなぜなのでしょうか。
研究者にとって、伦理やセーフティ?セキュリティってちょっと面倒に感じるところはありますよね。それに、実际问题として、何でもギチギチに缚ってしまうと、研究がやりづらくなってしまいますし。
あとは、デュアルユースは结局いわゆるリスクの问题、つまり何が起きるか分からないことに対して対策をするということです。そうした不确実な未来に対して教科书的な教育を行なってもあまり効果的ではない。だから、教科书的な学びではなくて、科学技术が色々な人や技术と合わさったときにどうなるかということを、アクティブに考えていったほうがいいんですよね。でも、现状としてはそれをやるためのリソースや时间がないという部分があります。
――川本先生は、デュアルユースの科学コミュニケーションにも取り组まれていますが、デュアルユースの科学コミュニケーションの课题はどのような点にありますか。
デュアルユースについて考えるときの问题は、话の矛先が専门科学技术のデュアルユースではなく、一般的な问题に引き寄せられやすい点にあります。つまり、「その技术を悪用した人が悪い」という考え方になりがちなことですね。例えとしてよく包丁が出てくるので、私は个人的にこれを「包丁理论」と呼んでいます。でも、専门科学技术のデュアルユースは、「包丁理论」には当てはまりません。なぜなら、包丁は谁もが知っているものだし、すごく遡って鉄器を発明した人の问题として捉える人なんていませんよね。
でも现代科学技术のデュアルユース问题は、例えばあるウイルスを人间に感染するようにしたり、あるいは薬が効かなくなるようにしたりする最新の研究といった问题の话なんですよね。そういうものはごく一部の研究者しか持っていない、全く一般化されていない知见なので、それはやっぱり研究者が大きな责任を负うことになります。包丁みたいな技术と现代科学技术を混同すると、技术はあくまで中立で、それを作った科学者も中立だけど、悪用する人だけが悪いという考え方になってしまう。そういう见方では现代科学技术のデュアルユースを考えることはできません。
あとは、やはりデュアルユースは良い面と悪い面の2つがあるというジレンマとして捉えなきゃいけないですね。研究者は良い技术、良い研究成果を生み出したい。でもそれをやると何か危ないものが出てくるかもしれない。じゃあ危ないものがあるからやめるかっていうと、それではいい研究できなくなっちゃうわけですよね。このようなジレンマに向き合って、「寝技」でそういう科学技术と付き合っていくかということですね。
――デュアルユースへの取り组みは「寝技」なんですね(笑)。
そう。特効薬的な対策とか、これがあれば大丈夫みたいなことは全然ないんですよね。そうした意味ではデュアルユースはすごく面倒くさい问题なんです。
また、さっきも言ったように想像をすることが重要ですね。こうしたらこうなるからダメという考えでだけはなく、过去の事例もふまえつつ、何が本当に「良い」科学技术なのかを考え、何が起こり得るかもしれないのかを想像力豊かに予测していくっていう、そういう想像を大事にしていくってコミュニケーションが必要ではないかなと感じています。
――川本先生にとって、科学技术の「良い」「悪い」の境界线はどこにありますか。
基本的には良い悪いって分けられないと思います。もちろん何か起きた时には后からそれが「良かった」あるいは「悪かった」と言うことはできると思うんですけど、それ以前に、それは良いか悪いかは不确定で分からない状态で、まさにそれが科学技术の问题なんだと思うんですね。そのグレーな状况が科学技术であるというのが大前提なのかなと。その上で、良い科学技术って何なのかっていうと、「人の手を离れていない」こと、つまり谁が何に対して责任を持っているのかということが明确であるっていうことだと思います。
――科学技术が人を伤つけてしまわないためには、谁が何をする必要があるでしょうか。
研究者が将来に対して予测をするということですね。研究者って面白いことをしようと日々想像してるわけですよ。その想像力を违う方向に振れば悪いことも予测できると思うし、それは研究者が持っている想像力というか、创造性みたいなものがまさに活かされることなので、それはもっとやっていくべきことかなと思います。一般の人よりは、やはり研究者がそうした予测を自らしていくことが重要だと思います。
もう一つは、周りの人を巻き込むことかなと思います。研究者も、自分だけだとリスクが何かが分からなくなってしまうので、専门性は共有できるけど利害関係はない関係性の、近い分野の人にこの问题を共有してそのリスクを洗い出すなど、この问题をどのように考えていったらいいかを议论するっていうのがやっぱり必要なのかなと思います。
取材:19期対话の场の创造実习
记事:桜木真理子、动画编集 佐藤太生(19期対话の场の创造実习)
本取材から生まれた展示「科学をあるく」の开催记事はこちら
本コンテンツは未来社会に向けた先进的原子力教育コンソーシアム[础狈贰颁]と连携で作成しています。