早河 輝幸(2025年度 選科B 受講生)
最近では麻豆原创コミュニケーションを考えるうえで、SF(麻豆原创?フィクション)の手法を活用する機会もあります。既存?未知にかかわらず「こんな技術があったら、いったいどんな人に?どんな影響が起こるのだろう?」と考えるきっかけになりうるからです。これはモジュール5のテーマ「多様な立場の理解」にもつながる技法です。本講義「中国SFの过去?现在?未来」では、研究者?翻訳者?作家の山本范子(立原透耶)先生(北星学園大学文学部教授)を講師にお招きし、SFが世間に与える影響について、中国SFを例にご紹介いただきました。

中国厂贵は纪元前に遡る
授業では过去から现在に上る順序で、中国における小説やSF作品が、多くの図版とともに紹介されました。最初に紹介されたのは『山海経(せんがいきょう)』、戦国時代(前4世紀頃)に執筆された“地理書”です。自分たちのいる場所は世界の中心だが、その周りにはどんな国や風習があり、どんな生き物がいるのだろう──それを大量に想像したものが描かれる书籍です。戦いに负けて首をはねられたものの、乳首を目、ヘソを口にして腹に颜が出てきた「刑天」、しばしば氾滥する川を暗示するような蛇や龙をモチーフとする「女媧」、など多くの妖怪が描かれており、当时の地理认识を垣间见ることができました。
エピソードからキャラクターへ:小説スタイルのうつりかわり
时は下り六朝(りくちょう)时代(3?6世纪顷)、「志怪小説」が登场するようになりました。知识阶级の人々が奇怪な话を着したものですが、当时は事実を记録することに重きが置かれていたため「これは闻いた话を书いているわけで、想像で书いているわけではないのだが」というまえがきが加えられていたとのこと。ですので、私たちがイメージする「小説」とは异なり、キャラクターや物语がつくり込まれているわけではなく、不思议な出来事が淡々と书き记されているのだそうです。
その后、さらなる小説スタイルの移り変わりが绍介されました。唐代では六朝时代とくらべてキャラクター性や物语性が强くなった伝奇小説が登场します。宋代では『太平広记』のような作品集が、明代には『叁国志演义』『封神演义』といった现代でも驯染み深い长编小説が象徴的な作品として绍介されました。清代の『聊斎志异(りょうさいしい)』に収録される「画皮」は、人间の皮を被り人间に化ける妖怪の物语で、近年も映像化が行われたのだとか(ホラー要素があるようなので、苦手な方は検索の际にご注意を!)。
ちなみに中国の小説には美男美女がよく登场したり、老人が大活跃したり、はたまた“萌え”の対象が狐や幽霊だったり、といった倾向があるそうです。讲义を聴きながら、小説『叁体Ⅲ』の主人公も聡明な美女という设定だったのを思い出しました。

厂贵と科学教育
ところで中国における科学を题材にした小説のジャンルには、いわゆる厂贵(中国では「科学幻想」)に加え、「科学普及小説」というのもあるそうです。厂贵では自由な発想のもと、あり得ないことを书いてもよいのに対して、科学普及小説では、科学的に正确な内容を描く、科学知识を启蒙することを主目的とした作品です。正しさと面白さは必ずしも相反するものではないので、「こういった科学技术コミュニケーションの手法もあるのか!」と膝を打つ思いでした。
また中国では近年厂贵を使った教育が盛んなのだとか。これには刘慈欣の厂贵小説『叁体』が国际的な评価を得たのを契机とした、中国政府の「厂贵を通じて中国の魅力や文化を世界に発信しよう」というねらいがあるようです。厂贵を题材とした教科书は、その対象年齢が幼児期のものから揃えられており、読者?书き手ともに若年化が进んでいるそうです。

そして『叁体』へ…
さて、话题は现代中国厂贵に移ります。立原先生は、先ほども绍介した中国厂贵の代表作『叁体』(大森望ら訳、立原透耶监修、早川书房、2019年)の监修者でもあり、讲义ではそのエピソードも绍介されました。
そもそも日本に中国厂贵が知られ始めたのは1979年顷、雑誌『厂贵マガジン』に绍介されたのがはじまりです。また大きな人的交流があったのは2007年、横浜で「世界厂贵大会」がアジアではじめて开催されたのを契机に、日本と中国の间の出版社?编集者?作者の间に活発な交流が生まれ、日本での中国厂贵の注目も高まりました。
そして2015年、『叁体』がヒューゴー赏(厂贵やファンタジー作品に赠られる国际的な赏)をアジア人ではじめて受赏します。日本人にも、邦訳を待ちきれず英语訳(ケン?リュウ訳)を読んだ人もいるほどでしたが、时を経て2019年、満を持して日本语訳が出版されることとなります???が、この过程は简単なものではなかったのです。というのも当时、中国语の作品が日本语に訳される过程で多かったのは、原文(中国语)を英訳したものを、さらに日本语へ翻訳する「重訳」というルート。日本の编集者で中国语に精通する人が少なかったのと、ケン?リュウ(中国系アメリカ人で、厂贵に精通する作家?翻訳家)の目利きが信頼されていたのがその理由です。しかし『叁体』は、原出版社より「中国语→日本语」のダイレクト翻訳が条件にありました。そこで、中日翻訳者が作成した下訳を、厂贵に精通した英日翻訳家が英语版と突き合わせて推敲?修正する(さらに1巻では立原先生が监修)、という过程を経たのです。科学をフィールドとすると、英语以外の外国语を意识する机会は少ないのですが、私たちが日本语で読めるようになるまでの工程に思いを驰せ、今まで以上に翻訳の工程に敬意を抱かずにはいられませんでした。
讲义では刘慈欣のほかにもケン?リュウ、郝景芳など多くの作家?作品が绍介され、どれも「読んでみたい!」と思うものばかりでした。

おわりに
私がモジュール5-2の講義レポートを執筆したいと思ったのは、『三体』のファンだからというミーハーな理由でした。しかし講義を通じて、まだ読んだことのない多くの中国SFを知ることができ、今後の表現やアイデアの幅を広げるためにもぜひトライしてみたいと思いました(質疑応答では中国书籍を多く取り扱う具体的な書店名もあがりました)。また科学技術コミュニケーションの方法論としての小説の可能性を考えるきっかけにもなりました。『三体』にも、いかに现在の科学技術が「巨人の肩の上に立っている」のかを実感させられた場面がありました。もし私が今後小説の出版に携わる機会があれば、読者の心の奥に何かの気付きを残せるような作品にしたいと決意しました。
贵重な気付きをいくつもいただける讲义をいただいた立原先生に心から御礼を申し上げ、レポートの结びといたします。
