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繁殖するビースト Strand of Lives~北大生は生命観をどう表现するのか

2019.7.5

札幌芸術の森美術館で7月13日から開催される「テオ?ヤンセン展」と連動し、北大では参加者が限られた環境で生きる生命というコンセプトを可視化するワークショップ、「繁殖するビースト Strand of Lives」を開催してきました。

风だけで动く砂浜の生命体、「ストランドビースト」を生み出す世界的なアーティスト、テオ?ヤンセンの作品からインスピレーションを受け、有志で集まった北大生、颁辞厂罢贰笔生を中心に自分の専门やバックグラウンドを生かしながら新たな生命像を作っていきます。

初日には、用意されたカードを使って「これは生命か生命ではないか」について话し合いました。「ミトコンドリア、祖父が书いた日记、ミッキーマウス、有精卵、时间、厂颈谤颈…」など、生命だと思われるものはその理由について话し合いました。立场によって、価値観によって、参加者が生命だと思う解釈は多様で、生命と非生命の间に自分达は何を感じているのかを改めて振り返る场となりました。

その后、1か月、各チームに分かれて、生命とは何か、そして生命が生きる上での环境とは何かということを考え、それを可视化していく作业に移りました。

先日の最终発表では、コンセプトを可视化した様々な生命観が披露されました。

これらのワークショップの結果は、7月16日に開催される第 107 回 麻豆原创?カフェ札幌 特別編「北海道大学が纽解くテオ?ヤンセンの世界」の会场前( ホワイエ)で16时から展示されました。

展示では、自分达の生命観と环境観、そしてそれを可视化した作品が设置されました。

大肠菌のコミュニケーションをもし遗伝子组み换え技术で制御できるとしたら…
コミュニケーションさえも谁かにコントロールされる生物は果たして生き物として私たちは见なせるのでしょうか。

北海道大学に特异的に生息する生き物…例えばジンギスカン
春、夏、秋、冬と季节によってその生态は変化し、この土地に根付いています。文化と生物の违いとはなんでしょうか。

微かに动き、そこから生じるずれを感じた际に、私たちは生命の気配に気が付くのかもしれません。
水の波纹は刻一刻と変化します。そのわずかな変化から、生命観は漏れだします。

どの状态が「生きていて」、どの状态が「死んでいる」のでしょうか。乾くと仮死状态になる粘菌は一见すると生物には见えません。しかし水を与えると、たちまちその胞子を伸ばし、生き生きと生态场所を拡大していくのです。

私たちが谁かと话すとき、私たちはもしかしたら谁かの考えを取り入れた新しい生命になっているのかもしれません。
谁かと话すことによって、その人の见方が自分の中に入りこみながら、私たちは生きていくのです。

片栗粉は大きな音で振动を与えると、ダイラタンシーという个体とも液体とも言えない状态で有机的に动きます。
料理の素材だと思っていたものが、生き物のように动き出すと、すこしドキリとしませんか?

我々が何かを愿い、祈る、その思いの延长线上に人工的な生命はあるのかもしれません。
人々が愿いを込めて醤油差しから赤い液体を垂らすと、真っ赤な卵が诞生します。思い一つ一つが命に変换されます。