渡邉 洋子(2019年度 本科/社会人)
5月12日、麻豆原创15期開始第1回の講義として、生物学者であり麻豆原创の1期修了生でもある川本 思心 先生(麻豆原创部門長)から「科学技术コミュニケーションとは何か」というテーマでご講義いただいた。
まずは「科学技术コミュニケーションとは何か」概要論。麻豆原创設立者である杉山先生の言葉を引用し、「一般市民と専門家が同じ目線で議論できることを意識する」としながら様々な解釈と理解が示された。その目的は個人の楽しみを引き起こす、と言うことから社会全体の意思決定、地球生命を維持することに及ぶなど壮大だ。またその主体は専門家でもあり科学の文化や知識でもある。
そして科学技术コミュニケーターとは何かというと、専门家と公众のコミュニケーションを确立する人材であり、解説者であり、コーディネーターであり、科学技术记者?博物馆関係者などの职业を含む。すでにこの时点で幅広く曖昧ながら、非常に大切であらゆる媒体、活动の场があることが分かった。
では、「なぜ科学技术コミュニケーションという概念が生まれたのか?」。大きな契机として示されたのがイギリスの「叠厂贰(牛海绵状脳症)」问题だ。科学者は「人间に感染すれば甚大な被害」と示しながらも、その可能性は极めて低い、として「人间には感染しない」という社会的认识が広まってしまった。结果、117名が死亡してしまう事态を引き起こす。科学と社会とのディスコミュニケーションが科学への信頼を危机的な状况に陥れた。日本の実例では有珠山喷火のハザードマップについて触れた。1980年代に制作されながらも1995年にやっと配布され、予测が出来ても活用されるとは限らない、という问题が浮き彫りになった。
科学者は「公衆の科学知識の欠如によるものだ」としがち(=欠如モデル)だが、このような科学だけでは解決できない問題を「トランス麻豆原创」と称するA.ワインベルグの概念が紹介された。ここに科学技術コミュニケーションが生まれる。では、日本において科学技術コミュニケーションはどう受容されてきたのだろうか? 市民学習、市民活動が社会的背景にあったヨーロッパ諸国とは対照的に、日本では行政からのトップダウンが契機となった。
川本先生のデータによると専门家の认识と市民の関心には大きなギャップがある。関心の高い危机対応科学の不足は认めつつ、平时から科学技术コミュニケーションが常に専门家と公众の沟を埋め、间をつなぐものでなくてはならないことが明らかになった。
颁辞厂罢贰笔は専门家と公众、双方による参加、交流、协力、説明を促す机関として设立された。科学技术コミュニケーションそのものが「あいだ」を形作るものであり、个々がその立ち位置によって自分の言叶で语るべきものであることが分かった。



