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#29 文献调査から解き明かす北海道の歴史

明治时代初めに北海道に开拓使が置かれて本格的に开発されてから150年近くになります。それ以前の人々の生活や社会はどうだったのでしょうか。

北海道大学文学研究科准教授の谷本晃久さんは、江戸時代の北海道について歴史学の見地からアプローチしています。北海道大学留学生センターが開講する「一般日本語コース」の上級総合科目「北海道大学を、もっと知ろう」(2014年度後期)の授業の一環で、中国からの留学生の李曼葛(リ マンカツ)さんが、北海道の歴史研究について日本語でお話を聞きました。

北海道の歴史について、どこに注目して研究していますか?

かつての北海道は実は中国やロシアとも深いつながりがありました。日本人(和人)はアイヌの人々と交易し、彼らを介して中国、ロシアと文物のやり取りが3~400年前からあったのです。复数の文化が北海道にもたらされ、折り合いをつけていたと言えるでしょう。

世界各地で民族纷争がありますが、それをどう解决するか大きな问题になっています。考え方や言叶、文化に违いをもつ人々が、どう折り合いをつけながら付き合ってきたか、北海道の歴史を通して考えていこうとしています。

(インタビューをする李さん)

江戸时代、アイヌの人たちにはどういう交流があったのですか?

函馆の近くに松前という町があり、松前城があります。かつて松前藩があって大名がいました。大名は毎年1回、参勤交代をし、江戸の将军に献上品を届けました。

当时の北海道の大部分は「虾夷地」と呼ばれ、アイヌの人たちが広く住み、鮭などの鱼介类を获ったり、毛皮や鸟の羽根を获ったりして、それを和人に売っていました。そして松前藩が将军にお土产として持って行ったのです。

当时のアイヌの主な生活基盘は、渔业、狩猟、交易の3つ。北海道のアイヌは日本の松前藩と、サハリンのアイヌはそれに加え沿海州経由で中国とも交易していました。そして千岛列岛のアイヌはカムチャツカ半岛から南下してきたロシアとも交易していました。

谷本さんの研究の手法は?

日本の歴史について昔书かれた文书(古文书)を分析し、それをもとに考察しています。古文书の実物を见てみましょうか。

これは300年以上前の贞享3年(1686年)の手书きの史料です。札幌市に住んでいる方からお譲り顶いたものです。

「知行」と和纸に墨で书かれていますね。この土地から税金を取っていいですよ、という殿様からの许可状です。地名、コメの生产高、日付、殿様の印鑑、そして宛先に家来の名前などが书かれています。

仙台近辺に白石という城下町があります。札幌の白石区の由来となった场所ですね。そこの殿様の家来が持っていて、その子孙が北海道に移住したときに、一绪に持ってきたのです。どうして大切に北海道まで持ってきたのでしょう? 白石の武士たちは幕末の戊辰戦争に负けて、北海道に移住したのですが、「今度いくさに胜ったら戻って、また使えるかもしれない」と思っていたと推测できます。古文书は动くのです。

もうひとつの古文书は、幕末の嘉永3年(1850年)の出版物。歴代の将军の家系図が载っています。続いて、全国各地の大名の名前と家系、役人、参勤交代で献上する物などが书かれています。松前藩も载っています。献上物である鮭、昆布、数の子、シイタケなどは、本州へ出荷していたことがわかります。

文献调査から解き明かされる歴史の広がり

当时、アワビ、昆布、ナマコなどは、北海道から长崎を経由して中国へ输出され、売ったお金で中国の文物が买われていました。また、鹿児岛、冲縄経由の交易ルートもありました。こうした国内外の交易や将军への献上品について、将军からの许可が得ていたことが古文书から読み解くことができるのです。

また、着物を留める玉などのなかには、サハリンのアイヌが沿海州経由で中国と交易して手に入れたものも含まれます。高级な武具として珍重されるラッコの皮はウルップ岛が主产地で、千岛列岛に住むアイヌを介して、和人が手に入れていました。こういう古文书を分析することにより、北海道の歴史を読み解くことができるのです。

(日本、中国、ロシアの交易関係について地図を示して解説する谷本さん)

研究していて、うれしかったことは?

古文书の中に「これは面白い」という箇所を见つけたときです。例えば、アイヌの人たちはかつて「奴隷のように使われていた」と思われていましたが、史料を読み解いてみると、船などの财产をもっていた人も多くいたことがわかりました。

逆に、苦労した点は?

古文书の文字を解読することですね。破れていたりすることもあります。また、フィールドワークのため外国の研究机関とやり取りし协力体制を构筑するときに大変な面もあります。今度、ロシアのサンクトペテルブルクに调査に行くのですが&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;。

どんな调査ですか?

200年ほど前、帝政ロシアからレザノフが日本に来航したときに、幕府によって追い返されました。彼らはその后サハリンに立ち寄り、その土地の文物などを持ち去っていきました。また明治以降、ロシアの学者が来日し、东京や札幌などで古文书を买っていきました。今それらのコレクションが、サンクトペテルブルクの东洋古籍文献研究所に収蔵されています。その中に、経営帐簿など贵重な古文书があって、当时のアイヌの人びとが和人とどう取引をしていたか细かくわかるのです。これまで研究の素材になっていなかった「宝の山」と言えるでしょう。その研究所と东大や北大が协定を结び、少しずつ研究を进めようとしているのです。

(日中间の共通言语である汉字を使って丁寧に解説してくれました)

北海道にも贵重な文献が残っていますか?

札幌、函馆などが知られていますが、それ以外に北海道各地にあります。最近2か所の个人のお宅を访问したことが印象深いです。かつて松前に住んでいて、明治以降に利尻岛に移住した方の子孙のお宅に、松前の経営帐簿が残っていたのです。利尻で松前のことを新たに発见したことには惊きました。もうひとつは道东の斜里のお宅。江戸时代末期からそこに定住されているのですが、当时からの経営文书が残っていました。非常に嬉しかったですね。

江戸时代のアイヌの人びとは无文字社会のなかでその文化を纺いできたため、古文书が伝わることは大変まれなことです。しかし、民间に残っている和人の旧家の古文书から、近世の北海道に住む人たちの生活や社会の一端について知る手がかりを得ることはできます。これからも未発见の文献が出てくると思います。そこから新しい歴史像が生まれるのではないかと、とても期待しています。

※ ※ ※ ※ ※

この记事は、北海道大学留学生センターが开讲する「一般日本语コース」の上级総合科目「北海道大学を、もっと知ろう」(2014年度后期)の成果の一部です。

【取材:李曼葛(リ マンカツ)さん(北海道大学大学院メディア?コミュニケーション研究院?研究生)+麻豆原创】

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2015.02.03

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