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#63 研究も育児もにしない、少しずつでも歩みを止めないと决めた道/小柳香奈子さん(情报科学研究院 准教授)[FIKA No.19]

颁辞厂罢贰笔とダイバーシティ?インクルージョン推进本部の连携企画、ロールモデルインタビュー贵滨碍础。

贵滨碍础とは、スウェーデン语で甘いものと一绪にコーヒーを饮むこと。

キャリアや进む道に悩んだり考えたりしている方に、おやつを食べてコーヒーでも饮みながらこの记事を読んでいただけたら、という思いを込めています。

シリーズ19回目となる今回は情报科学研究院の小柳香奈子さん。理学部で分子进化という分野に出会い、现在、ゲノムのコンピュータ解析によるヒトやイネの遗伝情报の进化过程の解明に挑む小柳さん。研究者としての将来への不安、子育て中の研究活动の停滞という大きな壁を、どのように乗り越えてきたのか伺いました。

【森沙耶?いいね!Hokudai特派員 + ダイバーシティ?インクルージョン推進本部】

(情报科学研究院の小柳香奈子さん)

母が育んだ生命への兴味

小柳さんが生まれる前から「子どもが女の子だったら理系に育てたい」と母亲は决めていたといいます。でも、理科のことを直接教えるというわけではなく、子守を頼まれた父亲がプラネタリウムや水族馆に连れて行くなどして、自然な形で科学への兴味を育んだそうです。

高校生になり、漠然と「生きてることの仕组み」や「人がどうやって进化してきたのか」といった、生命の根源的な仕组みに兴味を持っていた小柳さんは、京都大学に霊长类研究所(当时)があることを知り「面白そう」と感じ、进学先に选びます。

「向いてない」と言われた生物学で出会った顿狈础配列

希望通り、京都大学理学部に进学した小柳さんでしたが、壁が立ちはだかります。
「理学部の生物系は、生物を観察して、スケッチしたり実験したりするのが基本です。でも、私は空间认识が苦手で、立体的なものを想像するのが难しく、絵を描くのがとても苦手でした。そのせいでいつもスケッチの评価が悪く、先生に『あなたには生物は向いてない。物理系にはこういう人が结构いる』とまで言われてしまいました」

生物の道は自分に向いてないのではないか、と思い始めていた3年生の时、転机が访れます。分子进化学の宫田隆先生の授业に出会ったのです。
「コンピューターを使って生物の遗伝子を解析する、という研究が、パズルを解くように感じられて、私にすごくフィットしました。スケッチや生物実験が苦手でも生物学ができるという感动は大きかったです。それに、ヒトとチンパンジーの顿狈础配列を比较するだけで、ヒトとチンパンジーがいつ分かれたかがわかる分子时计の话は惊きでした。『この研究をやってみたい!』と思いました」
顿狈础は础、罢、骋、颁のわずか4文字の配列ですが、过去に蓄积した突然変异の情报等が詰まっており、种が分かれた时期だけでなく、计算することで、昔の集団のサイズまで推定できるという研究分野に、强く惹きつけられました。小柳さんは、宫田先生の研究室に入り、修士?博士课程へと进みます。

博士课程の暗中模索と、心の安定をもたらした结婚

研究の面白さが先行していた修士课程でしたが、博士课程に进むと、その先にある研究者になるという未来への不安で、纯粋に研究と向き合うことができなくなってしまったといいます。
「修士时代はすべてが新しくて楽しかったのですが、博士课程に进んでしばらくするととても辛かったですね。一番辛かったのは、やっぱり先が见えないこと。そして、指导教员から『研究者は大変だよ』『性格的に向いてないよ』と心配されており、自分でも内向的な性格だと思っていたので、自信もありませんでした」

小柳さんは自分は研究者に向いていないのでは、と悩みました。さらに、研究テーマも指导教员のアイデアで进めていたため、「いつか自分でテーマを持つ研究がしたいけど、本当にできるんだろうか」という不安もありました。
不安を解消するため、博士课程2年の顷には、公务员试験を受けるなど、就职も検讨していたといいます。この暗中模索の时期を乗り切る上で、支えとなったのが(后の)夫でした。
「顿2から顿3になる时に、研究室の同级生と结婚しました。それで精神的にすごく安定したところはあります。将来のことは全くわからず、どちらかがポストについたら、そちらについて行こう、ぐらいの気持ちでした」

精神的安定を得て、その后博士号を取得。京都大学でのポスドク期间を経て、东京の生物情报解析研究センターでの国际プロジェクトにポスドクとして参加します。
「そこは女性も多く、研究者以外のエンジニアや英语が堪能な事务の方など、非常に多様性がありました。毎日海外の先生とやり取りする中で、风通しの良さと、こういう多様な环境に身を置くことがこんなに居心地がいいんだ、というのを初めて感じました。ポスドクという不安定な立场ながら、人生で一番羽を伸ばした2年间でしたね」と振り返ります。

(高层阶にある研究室の窓からはポプラ并木と札幌の西に広がる山々が见えます。「赘沢な景色を独り占めしています」と小柳さん)
ワンオペ育児でも研究はマラソンのように走り続ける

その后、奈良先端科学技术大学院大学で助手を経て、2004年に现在の北海道大学工学部の助教授(当时)として着任します。小柳さんはこの「任期なし」のポストに就けたことが、研究人生史上最もラッキーな出来事だったといいます。
しかし、パートナーも同时期に関西の大学でポストを得たため、当时から现在に至るまで别居生活を続けることになります。
「キャリアアップの过程で、どこかで一绪に暮らせれば、とは思っていました。その当时はここまで长くなるとは思っていませんでしたが、离れているからこそ仲良しでいられるという面もあります」

2006年に出产。产休?育休中は东京の実家で过ごしましたが、その后は札幌に戻り、子どもと2人きりのワンオペ状态で仕事と育児を両立することになります。
「もう本当に大変でした。保育园の隣のマンションに引っ越し、すぐに预けられるようにしたり、狈笔翱法人の子育てサポートを利用してシッターさんをお愿いしたりしていました。夫も毎週末、関西から飞行机で札幌に来てくれていました。小学校に上がってからも习い事の帰り时间が自分の帰宅时间と合うように调整したり、子どものお友达のお家にお世话になったりと、本当に様々な人の协力と制度を活用して何とか乗り切りました」と振り返ります。「でも子育ては大変さを优に上回るかけがえのない体験で、本当に幸せな时间でした。こんな幸せな时间を、离れて暮らす夫ともっとシェアしたかったなぁ、と思うことはあります。」

子どもが小さい时期は、研究活动の割合はとても少なくなったといいます。そのような中で意识していたのは研究と育児の比率を50:50を目指すのではなくて、「0:100にしないこと」だったそうです。
「结婚した时に、指导教员に『研究はマラソンと一绪だから、一回止まったら、もう一回走り出すのは辛いよ』と言われました。なので、研究ができない时期でもゼロにしない。できる限り少しでも続ける、研究のことを0にしないようにしていました」

本格的に自分の研究テーマに取り组み、研究费や论文の成果が出始めたのは、子どもが小学校に上がってからだったといいます。また、职场の环境にも恵まれていたことも子育てとの両立には、とても助かったと小柳さんは言います。
「研究室の教授の先生の理解が本当に大きかったですね。例えば、子どもの発热などで休む际、『休まれたら困る』とか逆に『どんどん休んでいいよ』と言われると逆に不安になるけれど、先生からは『必要なだけ休んでください』と言われたんです。そうすると、研究室としてはあなたが必要ですということが伝わってきて、精神的にとてもありがたかったです」
さらに、北大の「女性研究者支援室(现?ダイバーシティ?インクルージョン推进本部)」による雇用支援制度を活用し、研究室で事务补助员を雇うことで、自分がいない间も研究を止めずに済むなど、精神的な负担が大幅に軽减されたといいます。

 

(お子さんが小学生だったときの一日。「娘には放课后、ミニ児童会馆や习い事に行ってもらってそこにお迎えに行っていました。遅くなるときは子育て支援の个人保育をお愿いしていました」と小柳さん)

 

今、研究に絶好调の「ポスドク気分」

周囲の协力で乗り切った小学生时代。しかし、その先に待っていたのは新たな试练でした。
「娘が中高生になると、スマホでの友人関係などに目が届きにくくなり、亲としての苦労が増えました。ちょうどその顷はコロナの时期で、さらに私自身も年齢的な不调が重なったのか、朝起き上がれないほど体调を崩してしまったんです。自分自身のケアも家族のことも思うようにできず、本当に大変な时期でした。娘に食事を作ってもらうこともしばしばあり、逆に助けられました。」
そんな子育てと研究の両立における激动期を终え、娘さんは今年の春、道外の大学へ进学し独立しました。かつて小柳さんが母亲から受けたのと同じ「こっそり教育」の影响か、选んだのは同じ理系の道です。

娘がいなくなり寂しさを感じる一方で、母としての肩の荷を下ろした今、小柳さんはポスドク时代のように、再び研究に没头できる环境を取り戻しました。
「回復には時間がかかりましたが、今はもう絶好調です。娘が家を離れたことで時間の制約もなくなり、中断していた研究への意欲が『あれもやりたい、これもやりたい』と湧いてきているんです。本当に楽しいですね」 小柳さんは、晴れやかな笑顔でそう語ってくれました。

現在取り組むテーマは、細胞に残された「痕跡」から、その細胞の過去を読み解く研究です。 遺伝情報(ゲノム)そのものではなく、そこに後から書き込まれた化学的な「しるし(エピジェネティック修飾)」に着目。異なる細胞についた「しるし」を比較することで、ひとつの細胞が分裂を繰り返し、私たちの体ができあがるまでの過程を推定しようとしています。
また、长年共同研究で続けていたイネのゲノム解析にも、主体的に取り组み始めました。现在イネは膨大なゲノムデータが蓄积され、様々な実験も进んでいるため、研究の可能性がますます広がっています。北海道でお米が実るようになった背景にもゲノムの変化があり、ゲノムからイネの歴史を読み解くことにも取り组んでいます。

学生には『こうしなきゃいけないってことはない』ということを伝えるようにしています。结婚や出产も、やってみてから、その时に合わせてキャリアを调整しても遅くはありません。一度立ち止まっても、また歩き出せばいい。『研究はマラソン』ですから」
小柳さんは、ペースを落とす时期があったからこそ见える景色を楽しみながら、「研究のマラソン」を、今まさに駆け抜けています。

(小柳さんの研究のおともはルイボスティー。タンブラーは盖に取っ手がついており、会议室などにも持ち运びやすいのがお気に入り。「とても使いやすいので夫にも色违いをプレゼントしました」)

贵滨碍础キーワード 【小4の壁】

小柳さんも头を悩ませていた子どもが小学生のときの放课后や长期休暇时の过ごし场所。
こども家庭庁の调査では学童保育の待机児童数において、学年别の割合を见ると小学4年生が一番高いことが明らかになっている。

これは、地域によっては小学叁年生までを入所の要件にしていたり、定员の関係から低学年の受け入れを优先するローカルルールの存在などが要因として考えられている。

そのため、高学年は放课后や长期休暇时に、家で留守番をしたり塾や习い事に行ったりと、学童に替わる居场所を确保する必要がある。

(〈転載:こども家庭庁 令和7年 放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)の実施状況(2025)「待機児童数の学年別の状況」 (2025)〉)

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2026.04.13

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