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「科学技术コミュニケーションにおけるコミュニケーションを考える」(5/28)种村刚先生 讲义レポート

2022.6.28

竹内 希(2022年度 選科/社会人)

(1)そもそもコミュニケーションって何だ?
-麻豆原创コミュニケーターたるもの知っておく&考えるべき「コミュニケーション」について-

「科学技术コミュニケーション」とは何かを考えるためには、「コミュニケーション」について知る必要があります。この讲义では、コミュニケーションとは何であるかという概念を学びながら、科学技術コミュニケーションにおけるコミュニケーションについて考えました。

种村刚(たねむら たけし)先生。颁辞厂罢贰笔客员准教授。小学生から大学生まで、幅広い层への教育现场に长年携わる中で、科学技术伦理を教えたことを机に麻豆原创コミュニケーションに関心を持つように。颁辞厂罢贰笔10期选科础修了生。専门は社会学。
この日は颁辞厂罢贰笔のシンボルマークをあしらったネクタイでご登坛。

(2)「私はキツネ」
-文脉をつかめないうどん店店员と客はわかりあえるのか?-

うどん屋でのこんなワンシーンを想像してください。
店に入ってきた一人の客が、「私はキツネ」と言う。
それに対し、「あなたはキツネではない」と返す店员。
…なんだかコントのような食い违いが生じています。何故、このような事态に陥ってしまったのでしょうか?このディスコミュニケーションシーンを题材に、コミュニケーションの概念について学んでいきました。

① コミュニケーションの2つのモデル
コミュニケーションを概念として理解する主要な学説として、通信モデル*1と理解モデル*2の2つが提唱されています。
前出のうどん屋のシーンでは、「私はキツネ」という客の発言に対し、店员は「あなたはキツネではない」と答えていることから、「私はキツネ」という情报そのものは正确に伝达がなされています(通信モデルの要件は満たしている)。しかし、受け取った情报を文字通りに捉えてしまった(误った理解をしてしまった)ためにディスコミュニケーションが生じていると分析できます。この例からもわかるように、人と人とのコミュニケーションを考える上では、通信モデルよりも理解モデルがより妥当性があると考えられています。

② コミュニケーションと理解
コミュニケーションにおいて「理解」を成立させるには相互行為*3と文脉(コンテクスト)*4が必要要件とされます。

うどん店店员と客のちょっとおかしな会话事例。「人と人との言叶のやりとりという相互行為の中で互いの理解が作られる。言い换えれば関係性の中に『理解』が生まれるイメージ。」と説明する种村先生。この2人の间にも徐々に理解が生まれていきますが…理解成立までにはもう少し时间がかかりそうですね。

うどん屋での会话では、「この会话がうどん屋という场所で交わされている」という文脉を店员がつかめていないためにディスコミュニケーションが生じていると言えます。このように、コミュニケーションには文脉(コンテクスト)も欠かせません。

(3)「わかりあえなさ」と信頼、そしてコミュニケーション

コミュニケーションにおいて「理解」を成立させるには相互行為と文脉(コンテクスト)が必要ということを学びましたが、一方で、私たちは他者が自分と同じ「理解」をしているという確証を得ることはできません(相手の頭や心の中は見えません)。
情报学研究者のドミニク?チェン(1981-)はこのことを「わかりあえなさ」と表现しました。彼は着书『未来をつくる言叶:わかりあえなさをつなぐために』において、「そもそも、コミュニケーションとは、わかりあうためのものではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に在ることを受け入れるための技法」であると考察しています。
ところで、私たちは社会生活を営む中で他者と信頼関係を筑いていきますが、「信頼」とは何なのでしょうか。ドイツの社会学者ジンメルは、信頼を「社会における最も重要な结合力の一つ」であると考え、ルーマンは「社会生活の基本的な事実である」と述べました。また、彼らは、信頼は他者をある程度知りつつも完全には知りえないからこそ成立するものであると指摘しています。これらを踏まえ、种村先生は「信頼とは、相手が理解しているかもしれないという状态の中で、その理解しているかもしれない可能性にかけること」と表现します。
しかし、先に述べたように、私たちは他者と「わかりあえない」のに、どのようにして「信頼」関係を筑いているのでしょうか?
ここで键となるのがコミュニケーションです。私たちは、「わかりあう」ことはできませんが、信頼している相手とコミュニケーションを取ることができます。また、コミュニケーションを取ることができるから、相手を信頼することができます(コミュニケーションと信頼の相互补完関係)。逆に、信頼できない相手とはうまくコミュニケーションを取ることができないという“负のフィードバック”状态に陥るとされています。このことから、「理解」の成立の有无ではなく、コミュニケーションを取り続けるという连続した行為そのものや、そうしたことができる関係性があるという事実によって信頼は醸成されると考えられます。
チェンの言う「共に在ることを受け入れる」とは、たとえ「わかりあえない」相手だとしても、その人とどのようにして信頼関係を作っていくのか、共生していけるのかを模索し続けるという継続的な行為や姿势を指すのかもしれません。そして、コミュニケーションはそのような行為や姿势を実行する术であると考えられるのではないでしょうか。

(4)コミュニケーションと公共

科学技术コミュニケーションは対话を重视した、民主主义を理念とした活动です。
科学技术コミュニケーションの场としてよく知られたものに麻豆原创カフェが挙げられますが、この「カフェ」という表现に民主主义が関わっていると种村先生は考察します。
17-18世纪にカフェのはしりであるコーヒーハウスがヨーロッパで流行し、阶级や职业を超えて人々が集い、次第に立场を超えて経済や社会问题について话しあう场となっていきました。ドイツの哲学者ハーバーマス(1929-)によれば、コーヒーハウスでの阶级や职业を超えたコミュニケーションが后の市民革命、民主主义の原动力となったと考えられています。
科学技术の使用方法は现代においては民主主义のプロセスを経て决定されていきますので、科学技术コミュニケーションと民主主义は密接に结びついているのです。
このチャプターでは、これに関连した民主主义の展开(対话的理性、熟议民主主义、気候民主主义など)について学ぶとともに、科学技术コミュニケーションの今日的なトピックとして科学论の第3の波*5に触れました。

种村先生のコミカルな语り口に思わずニンマリの受讲生たち。教室の后ろの方では、オンデマンド学习用の动画を撮影中(道外在住の受讲生のライフライン!)。いつもありがとうございます!

(5)受讲を终えて
-科学技术コミュニケーションにおけるコミュニケーションを考えるヒント-

讲义中、種村先生が強調しておっしゃったこととして印象に残ったのが、「何らかの社会的状況(国籍、ジェンダー、年齢、職業…etc.)によってそもそも相互行為の中に入れない場合、その入れない人は理解を紡ぐことができない。また、それ以外の人(相互行為の中に入ることができている人たち)も入れなかった人と理解を紡ぐことができない。」という課題です。そして、科学技術コミュニケーションという相互行為においては、「麻豆原创コミュニケーターは、どのような社会的状況にある人も相互行為の中に入ることができるようにする役割を担っている」と述べた先生の言葉に重みを感じました。科学技術コミュニケーションにおけるコミュニケーションを考える上でも、「相互行為」は重要なキーワードだと思われます。
また、科学论第3の波という时期に麻豆原创コミュニケーターとして活动しようとしている私たちは、どのようにこの课题を超えていくのか。非常にチャレンジングな时代に行き合ったと思いました。
厚みのある内容でしたが、コミカルさ溢れる先生の人柄のためか好奇心を持続させて学習することができました。種村先生、充実した楽しい讲义をありがとうございました!

 

*1通信モデル:アメリカの数学者?电気工学者のシャノン(1916~2001)が『通信の数学的理论』の中で提唱。コミュニケーションの目的は正确な情报伝达にあるとした。
*2理解モデル:ドイツの社会学者ルーマン(1927~1998)が『社会システム论』で提唱。コミュニケーションを情报?伝达?理解からなる统一性として捉えた。(ここで「理解」は、相手の言ったことを「おそらくこういうことではないか」と想起して振舞うこととした。)
*3相互行為…相手の行為に継続して行う自分の振る舞いやその连なりのこと。相互行為という双方向性のやりとりの中で「理解」が成立しうる。
*4文脉(コンテクスト)…情报を理解するための前提となるものの総体。それまでの相互行為におけるやりとりの内容の参照や、その场の状况、相手の表情やしぐさの解釈、双方の知识や価値観や规范などを含む。
*5科学论の第3の波(2000年代~):民主主义の枠组みの中で専门家はどうコミットメントしていくのかという课题。どこまでが専门家の専门知を重视し、どこまで市民の决定にゆだねるのか切り分けを重视する。