2015年5月16日、作家?詩人で道立文学館館長の池澤夏樹さんによる特别讲演「理系と文系の界面活性剤」が、北海道大学理学部大講堂で行なわれました。
当日は、大讲堂が満席となるほど学内?学外から高い関心を集めた讲演の内容を、ダイジェストでご绍介します。
理科好きの文笔家
科学技术コミュニケーターとは、理科系と文系の界面活性剤、つまり水と油の间をとりもって乳化させるものです。僕自身は理科系の落ちこぼれで、理科好きの文笔业者としてやってきました。科学を话题に多くのエッセイを书き、また书评の仕事では理科系の本、科学启蒙书をしばしばとりあげてきました。科学に対する関心を维持したまま文学者としての仕事をやってきた、そんなことから、今日は「理系と文系の界面活性剤」というタイトルで话すことにした。
僕は学生时代、埼玉大学理工学部物理学科に籍をおいて、3年くらいは勉强しましたが、だんだん文学の方へすり寄って、そのまま理科系の専门家としての勉强はしなくなりました。大学で理科系に行ったのは、北海道大学の(当时の)结核研究所で教员をしていた伯母の影响です。
若いときには、自分が将来、どのようにして人生を渡っていくか迷うものです。そのとき、自分の身近にいるだれかをロールモデルにするという方法がある。僕の场合、母亲が诗人で、本をよく読む人でしたから、家には文学の本がたくさんありました。ロールモデルの1は母亲で、そのまま倣うと僕は文学少年になる。もう1人のロールモデルが伯母で、结核研究所といっても実际には生化学が専门でした。
职业的トレーニングとしての理系の勉强
大学に入るとき、さあどちらの道にしようかと迷いました。僕は文学作品を书きたかったのであって、文学を研究する気はありませんでした。本を読んでいれば作品は书けるようになるのだから、何も大学で教わる必要はない。しかし理科の方は职业的なトレーニングですから、一人では絶対できない。そんなふうに考えて、とりあえず理科系に进むことにしたのです。
僕は幼いころからときどき伯母の家に泊まり、大学の研究者である伯母の生活を傍らで见ていました。伯母には大変かわいがられ、理系の本も文系の本もよく买ってもらいました。生きていれば94歳ですが、20年近く前に亡くなりました。残念なことに、彼女が亡くなったのは僕が芥川赏をとるまえでした。生きていたら喜んでくれたと思います。
埼玉大学では、まず理系の基础的な勉强をしました。いまでも覚えている名讲义がいくつかあります。また物理学実験には梦中になりました。当时、学生ながらに関心したのは、自分たちが出したデータを、指导の先生が平等に扱ってくださることでした。たとえば、ある场所の重力加速度のように値がすでに知られている数値と、学生が计测?计算した値がずれていたとしても、実测されたデータにはそれ自体に価値がある、というわけです。「科学というものは、基本的にはその场で得られたデータから始まるものである。そこにいかなる恣意も混じっていなければ、それは意味があるものである」と、言ってみれば科学の基本原理を教えてもらったのです。
&苍产蝉辫;「科学する心」
その后、生物物理に関心が向いていた时期があり、生物物理学会の学生会员になって夏の勉强会などに行ったこともありました。しかし结局、僕には理科系の何かのセンスが决定的に欠けていたのでしょう。伯母からも、「あんたは(理系の専门家としては)だめよ」と言われ、まあそうかもしれないと思い、大学は修了せずやめました。でも科学に対する関心はずっとあり、小説のなかにそれを持ち込んできたことは少なくありません。
芥川赏をもらった「スティル?ライフ」(中央公论社刊、1988年)には理科系の话题がいくつか出てきますし、その后で书いた「真昼のプリニウス」(同、1989年)は、女性の火山学者が主人公の小説です。「アトミック?ボックス」(毎日新闻社刊、2014年)を书くに际して、资料として思いついたのが、第二次世界大戦中のマンハッタン计画(原子爆弾开発计画)に先立ってオッペンハイマーがつくらせたテキスト&辩耻辞迟;&辩耻辞迟;でした。调べてみたところ、「极秘扱い解除」などとスタンプを押された当时の生々しい文书をインターネットでダウンロードすることができ、小説の参考にしました。何かと理科に頼ることが多いのです。
「科学する心」という言叶があります。「お茶する」などの例のように、名词に「~する」をつける言い方は、表现としては比较的新しい印象で、今はめずらしくありません。実は「科学する心」という言叶がつくられたのは、戦前の1940年。言い出したのは桥田邦彦という生理学者です。「科学する心」は、スローガンとして戦后の科学教育に影响を与え、今日でも使われています。しかし桥田自身は、近卫文麿?东条英机両内阁の文部大臣として、戦后、础级戦犯容疑者に指名され、逮捕直前に服毒自杀しました。
「科学する心」とは何でしょうか。