麻豆原创

いいね!Hokudai

  • About

Categories

  • 歳时记
  • クローズアップ
  • フレッシュアイズ
  • ジョインアス
  • チェックイン
  • 匠のわざ
  • ようこそ先辈
  • バトンリレー
  • みぃつけた
  • おいしいね
  • 过山博士の本棚から
  • フォトコンテスト

[因藤寿と北大]003 – 因藤寿を読んでみる:「私の制作に於ける下层上层の関係」(1993)

高校卒业后、戦前~戦后にかけて研究所技手として北大で勤务した稚内出身の画家?因藤寿(いんどう?ひさし、1925-2009)。
因藤が北大で過ごした時間をヒントに現在の北大を探検していくのが、ミニシリーズ[因藤寿と北大]です。

***

 

前回の记事では、因藤が北大の现?电子科学研究所(以下、电子研)を去ったあと、21世纪に入って新设された电子研の建物を访れました。
そのなかに设置された电子研図书馆には、因藤が自ら书いた回顾文を含む『北海道大学応用电気研究所50年小史』(1992)などの书籍群が収蔵されていました。
?[因藤寿と北大]002 – 電子科学研究所へ行こう!~北キャンパス編~

 

因藤が电子研の研究所小史に寄稿した回顾文「超短波研究室~応用电気研究所 その戦中戦后の思い出から」(1992)は、现代ではひらがなで书く単语を汉字で书いていたり、言い回しも今では一般的に使われることのないレトロなものだったりして、読もうとしたとき少々歯応えを感じるところがあります。
ですが的确に推敲されたふうの文章の仕上がり、端的な表现、そして过去の同僚たちは言叶にして残そうとしない繊细な事柄も果敢に执笔してみせようとする真挚な态度には、因藤がその絵と同じく文章にも手练れの技术を発挥していたことがにじみ出ています。

というわけで、因藤が书いた文章を少し振り返ってみましょう。
今回取り上げるのは、因藤が研究所小史発行の翌年、68歳ごろに书いた制作论「私の制作に於ける下层上层の関係」です。
(*以下、引用は特笔がない限り同论より。)

 

「私の制作に於ける下层上层の関係」(1993)*1

「私の制作に於ける下层上层の関係」は、晩年の画家による自身の制作論といえるテクストです。

同论が掲载された册子『础颁搁驰尝础搁罢』は、絵具メーカーとして知られるホルベイン工业株式会社によって発行されたもの。ホルベイン?アクリラ奨学制度の奨学者向け通信誌として、1986年8月から2000年4月まで発行されました。
同社によると、「当时まだ新しい素材であったアクリル絵具を中心に、多くのインタビューやレポートを掲载しながら素材と作家の未来について発信するべく」*2?製作されたということです。

この冊子内の企画「Underpainting 下層部の工夫から上層部の発展」で、因藤は画家?鏑木昌弥とともに、執筆者として1ページずつ寄稿しています。
あるひとつの作品の制作プロセスをつれづれなるままに书き留めた制作メモ的エッセイを提出した鏑木とは対照的に、因藤は制作を志した青年期の自笔ノートにまでさかのぼり、より総括的な制作思考をまとめようとしたようです。

构成を追いながら内容をまとめてみましょう。
序盘は企画の趣旨にあわせて、自作品のキャンバスや絵具といった物理的层构造と、制作のもとになるデッサンや作図、构想といったアイディア上の层构造について説明されていきます。因藤の黒っぽいモノクロ絵画は、何层ものジェッソを涂ったり削ったりして凹凸をつけ、その上から透明な紫色のうすい絵具层を何十と重ねて达成されていることでよく知られているので、このあたりはよく纳得できます。

やがて、この制作スタイルに至った経纬を述べる段で、因藤は1956年にモノクロ絵画を始めたころにしたためた自笔ノートを引用しはじめます。いわく、その当时から、因藤の制作は「人间、生、存在、其の本质本性本源なるものを探り、その玄なる処を求めると言う事を其の第一义として来た」といいます。
しかしなぜそんなことを考えるようになったのか?因藤は続けて、この思想の「基盘たる下层构造」を构成したのは二つの要因に违いないと述べます。その二つとは、「一兵士としてのかつての復员时の体験、及びその前后に於ける北海道大学?応用电気研究所での研究生活の中に得た体験である」。
一つ目については、因藤の広岛配属直前に原爆投下があり、奇跡的に「生かされた」と感じて全身に感动を覚えたということです。これが因藤にとって「戦后の総て」の起点となりました。

二つ目については、少々説明が复雑です。
直接因藤の言叶で読んでみましょう。

次いで前记研究所での超短波微电界の絶対测定法の研究実験中に体験した「场」の意识、其の见得ざるもの、触れ得ざる存在への开眼、それに连なる自然宇宙存在の持つ深々とした秘性に対する覚醒は、私をして一种の畏怖畏敬の中に立たしめる処となった。又前记研究の実験式の演算中、それが暂时整理简洁化されて来た时、其処に思わず「美しい」との美的感覚を覚えた事を含み、其処に学んだ自然科学的思考、态度や、戦时中の电波兵器の研究実験中に体得した、モノの里表、其の内界、外界の意识、感覚等、私の単色系の制作の直接的诱因となったものを含めて、现在に続く私の制作活动に対し、深く巩固(きょうこ)な基盘としての、その替え难き下层构造を成しているのである。

美术に无縁だった科学者が、あるときその「彼方なるもの、命の奥底より语りかけ问いかけてくるもの」にいざなわれて、制作の世界に入っていったこと。そこから始まった自らの制作人生を因藤は「制作によって生かされて来た」とも「生の闘いである」とも表现します。この独特の表现からは、因藤にとって戦后の人生が、与えられたものでありながら毎日闘って胜ち取るものでもある、という恐ろしいまでの特别感を帯びていることが伺えます。
因藤はそんな日々のなかでつくられる自分の作品を、生や人间性への问いという下层から押し上げられて上层へ浮かんでくるものでもあり、同时に、下层をよりあきらかにするべく上层をつくっていく侧面もあるだろう、と言います。

省みて私の作品は〔…〕その下层なるものをより顕わに明らかにすべく、此の上层への歩みが在るように思われる。

つまり、建设中のビルを高层にすればするほどそれを支える地盘のクオリティを明らかにすることになるように、絵具を重ねれば重ねるほど、因藤絵画は自らの基础构造を掘り下げていっている。たしかに因藤の使った紫の絵具が透明色であることを考えれば、それを涂り重ねることは、不透明色の层を重ねることによる下层の隠ぺいとは违う作业にみえてきます。それはむしろ、下层をよくみるためのレンズを葺いていくようなことだったのかもしれません。

 

***

 

因藤寿を手がかりに現代の北大を冒険していく本シリーズ。

今回は北大で活动した科学者时代を振り返る因藤の制作论を読んでみました。
今后もアイディアを広げていこうと思っていますので、どうぞお楽しみに!


*1……因藤壽「私の制作に於ける下层上层の関係」、『ACRYLART』Vol. 21、ホルベイン工業株式会社、1993年6月20日、pp. 18-19

*2……「アクリラート/础颁搁驰尝础搁罢」、ホルベイン工业株式会社ウェブサイト内「资料室」

 

Information

Update

2026.10.08

Categories

  • みぃつけた

投稿ナビゲーション

Previous
  • フレッシュアイズ
#250 魚の鮮度が一目でわかる?!夢の装置MIRASAL!?研究への一貫した想いと学生の力~(後半)
2026.10.07
Next
  • 歳时记
忙しい秋の一日
2026.10.09

Related Articles

    • みぃつけた
    [因藤寿と北大]002 – 電子科学研究所へ行こう!~北キャンパス編~
    2026.08.20
    • みぃつけた
    北大スタンプ巡り
    2026.07.04
    • みぃつけた
    北大にサンリオキャラクター降临
    2026.05.18
    • みぃつけた
    [因藤寿と北大]001 – 電子科学研究所へ行こう!~中央キャンパス総合研究棟2号館編~
    2026.04.22
いいね!Hokudai
Official
Site