このページをお読みの方は、科学技术に少なからず感心をお持ちの方と思います。
「でも何かもの足りない。もっと何かができるはずだ。」
「いつも仕事に追われている、この顷は受け身で仕事をこなしているな。」
「うまく表现できないけどモヤモヤしたものを抱えて、颁辞厂罢贰笔が気になりはじめてはいるけれど。」
といったところでしょうか?
私は学生时代に自分の思い通りに物事を进められず、他人(ひと)より少し远回りをしながら理科の教员を目指していました。长かった浪人生活、教育学部から院は水产学分野へ。不思议なもので、この寄り道が话のネタになり、バブル时代の后押しもあって公共放送の番组ディレクターに採用されました。40代までは梦中で取材と制作に取り组み、巨匠と称される诸先辈に追いつこうと科学番组の制作を中心に担当します。地方と东京を行き来する25年间、テレビをはじめメディアを取り巻く环境は大きく変わり、何よりもネット社会への激変は従来のメディアのあり方を覆すのに十分なものでした。
そして去年、北大麻豆原创と出会いました。正直なところ「科学技术コミュニケーターってボランティア?」「麻豆原创って受講料は安いけど、集中講義で札幌まで行くわけ?」「仕事の予定は空けられる自信がないな-」といった思いはありました。説明会から申し込み期限のギリギリまで二の足を踏んでいたのは事実です。
何かの縁との思いからCoSTEPの扉をたたき、ネットで体験记を読んでみたところ、集中讲义はもちろん、入学、修了の式に参加することが本当に楽しそうに书かれていて、思わず飞行机に乗ったのが5月のこと。北大の教室には学生からポスドク、バリバリの社会人から私を含めた白髪世代まで、皆いきいきとした颜の仲间がそこにありました。
ところが東京に戻ると仕事を口実にしてe-ラーニングの課題提出で悪戦苦闘してしまいます。ここで皆さんに伝えておきたいのは講義の内容は幅広く、科学技术はもちろん芸術から社会論、リスク管理とにかく幅広くて面白くて、画面の向こうの教室に自分が映っていないことがもどかしいほど魅力があるということです。学びを進めるうちに科学技术コミュニケーターになりたい、なれるんだという手応えを持つまでに自分が変われたのは本当に驚くほどです。
ある本にひとの「センスは知识から生まれるもの、そして知识に里打ちされた実践こそが欠かせない」と书かれています。颁辞厂罢贰笔で学んだ1年间の対话と実践の积み重ねは、まさにセンスを磨くことであり、偶然にも出会えた仲间とこれからも交流を続けて行くことが何よりも大切にしたいと考えています。
いまはマスコミで働く私ですが、ニュースで取り上げる科学技术の話題を当事者として、自分事として人に伝えてこられたかを自問し続けながら、社会の豊かさや人の幸せ、そして楽しさを実感できる生活をつくる一人のコミュニケーターとしてこれからも力を尽くす覚悟でいます。
こうした経験、少しでも伝わったでしょうか?
そして颁辞厂罢贰笔の仲间に入ってみてはどうでしょう!
铃木隆夫(选科叠)
罢痴ディレクター/プロデューサー


