2018年3月10日、麻豆原创13期の修了式に併せて公開シンポジウムを开催しました。ゲストは、池田透さん(北海道大学大学院文学研究科教授)、出島誠一さん(日本自然保護協会自然保護部副部長?生物多様性保全室長)、大西純子さん(ピースワンコ?ジャパン プロジェクトリーダー)。司会は、麻豆原创の池田貴子が務めました。麻豆原创受講生と一般参加者、合わせて117名が来場しました。
シンポジウムの论点
初めに、本シンポジウムの论点を麻豆原创の池田貴子から提示しました。害獣や外来生物の駆除、正常な個体群を維持するための間引き、ペットの殺処分、動物実験、屠畜など、人間社会は多くの动物の犠牲の上に成り立っています。シンポジウムでは、人間が持つ殺生に対する後ろめたさや、「なんだか気持ち悪い」「どういうわけか可愛らしい」といった「感情」の部分に焦点を当てることで、人と動物との「共生」の在り方について考えました。ここでいう「共生」とは、ただ仲良くすることではありません。干渉し合わず棲み分けることも含まれます。
(议论に参加する来场者)
「駆除」は苦渋の决断。だからこそ戦略的に。
アライグマ研究に携わる池田透さんは、外来生物の真の胁威は、生态系バランスの破壊による影响が予测できない点にある、と言います。そして现在の生态系を后世に遗す义务を果たすために、「駆除」という苦渋の决断に至りました。野生动物种を根絶するには明确な数値目标が必要です。「この面积内でいつまでに何头駆除すれば、个体数は减少していく」という予测モデルを立てることで、无駄死にさせない駆除计画を遂行しています。
ですが、駆除を始めた当初はやはり市民から过激な抗议が絶えなかったそうです。池田さんは、市民の感情に时间をかけて耳を倾ける姿势を贯くことで、外来生物が抱える问题について徐々に理解されるようになったといいます。
(北海道大学大学院文学研究科教授 池田透さん)
自然を自分事として捉えるのは、意外と难しい
生物の保全に携わる出岛诚一さんからは、地域住民と科学者との间をつなぐ立场でお话しいただきました。意外なことに、ここでも地域住民からの理解を得るまでに时间を要したといいます。野生动物を大事にする団体はそこに住む人间の生活を无视するのだろう、と警戒されるのだそうです。しかし「保护」と异なり、「保全」の考え方は人间が生活するうえで不可欠な自然の利用を决して否定しません。そのことを住民に受け入れてもらい、自分事として捉えてもらうための努力が、地域の自然を保全するうえでの大前提となるのです。
四国のツキノワグマについての住民アンケートをみると、「无知?无関心」である一方で「絶灭してほしくない」という、矛盾した回答が大半であったといいます。自分事としての実感のないテーマについて熟考し合理的に判断することは、确かに难しいことです。
(日本自然保护协会自然保护部副部长?生物多様性保全室长 出岛诚一さん)
人と动物のwin-winの関係を築く
広岛県でペットの杀処分ゼロを支援するプロジェクトを主导する大西纯子さんからは、弃てられた元?饲い犬を训练して社会の中で新たな役割を与える试みについてご绍介いただきました。大西さんらは、灾害救助犬の育成と実践への导入で実绩を积んでおり、徐々に社会の関心も高まりつつあるようです。また、里山で野生动物と人とがうまく栖み分ける手段の一つとして、「里守犬」(山から下りてくる野生动物を里守犬が追い払うことで农作物を守る)の育成や、「ドッグトレイル」(里山を犬と饲い主が散歩することでマーキングし、野生动物を远ざける)の试みにも力を入れています。
プロジェクトでは、イヌの能力や性质を活かしつつ人间の侧も助かる、飞颈苍-飞颈苍の形を目指しています。役に立つ、立たないで生命の重みはなんら変わりませんが、働く犬の话题は无関心层に诉える手段としても効果的でしょう。
(ピースワンコ?ジャパン プロジェクトリーダー 大西純子さん)
今回のシンポジウムでは、事前に飞别产サイトを通して来场者から质问を集めていました。后半はその质问をもとにパネルディスカッションを行ないました。いくつかをご绍介します。
Q. 外来種はなぜダメなのでしょうか?自然の変化を受け入れても良いのでは?
人间が介さず、自力で渡ってきた种は外来种とは定义されませんし、确かにそれは自然の変化なので问题はありません。人间活动が原因でやってきた外来种について、池田さんは「进化」にも気を配るべきだと语りました。现在の生态系は何万年もの年月をかけて现在の姿に辿り着いた进化の歴史そのものであり、それを急速に破壊する外来生物が生态系に与える影响は予测できないという恐ろしさがあるのです。
Q. 人と动物の共生のために必要な知識レベルとはどのようなものでしょうか?
出岛さんらによる野生动物に関する住民アンケートによると、自分と直接関わりのない野生动物についての知识は不足している倾向にありました。自分事でないことに兴味が持てないのは当然のことで、兴味を持つためには「体験」による実感が必要と思われます。池田さんは、现代において生命観が醸成されにくい理由として、幼少期に生き物に触れる机会が减少したため、と指摘しました。游んでいるうちに弱ったり死なせてしまったり、もしくは上手に育てることができたり、という経験をすることで死生観や生命観が自然と培われていくものです。
Q. 生き物を手にかけなければならない現場のケアはどうすればよいでしょうか?
大西さんらが広岛県内の保健所から弃てられた犬を引きとるようになって以来、杀処分の仕事から解放された现场の従事者は确実に気持ちがラクになったといいます。一方、池田さんは、在来生态系を壊すわけにはいかないという使命感からアライグマ駆除に踏み切りました。おそらく、手を下さねばならない现场の心のケアは无理でしょう。だからこそ目をつぶらず、「杀さなくてはならない状况を减らす」という意识が一般に広まることが望まれます。
(手前の剥製は、池田さんが北海道で捕获したアライグマ第1号)
「実感」が主体的な意思决定につながる
人と动物の共生の在り方について、それぞれの立場からお話いただきましたが、共通するのは体験による「実感」の意義です。これは動物問題に限ったことではないでしょう。科学技術により私達の生活には選択肢が増えたと同時に、決断しなくてはならない機会が増えました。難しいこと、辛いことにはつい目をつぶりたくなりますが、「主体的に自分事として決定に関わるためにも、知識だけでない「実感」にも基づいて自分の意思を持ちたいものです。」と松王政浩オープンエデュケーションセンター長よりまとめの言葉をいただき、シンポジウムは閉会しました。
(松王政浩オープンエデュケーションセンター长より、闭会の挨拶)
さいごに
科学者と市民との相互理解を妨げる原因として、専门知识レベルの差だけでなく、科学者侧の感覚の乖离が指摘されます。ですが、もちろん科学者が感情を完全に排除して生きているわけではありません。感情について语るチャンスが少ないのが现状です。特に学术の场では冷静さが絶対条件であるため、あえて感情について语ることを远ざけるきらいもあります。今回は、ゲストに科学者、科学者と市民をつなぐコミュニケーター、最も市民感情に近い狈笔翱プロジェクト代表、という异なるステークホルダーの方々を招き、私たちの行动の根拠である「感情」に焦点を当てて议论するという试みをしました。人间が持つ自然な感情について话し合い、気持ちを共有する场として、このシンポジウムが科学者と市民の双方にとってよいきっかけになったならば幸いです。







