バトンは、绵贯 豊さん(水产科学研究院 教授)に渡りました。
長野県で山を見ながら育った绵贯さん。海鳥研究(繁殖)の第一人者です。鳥の研究をしたいと北大農学部に入学した绵贯さんと、山ではなく「海の鳥」の出会いは、学生時代。天売島に1週間キャンプをしたことがきっかけでした。7月はじめの天売島は、ちょうどウトウの繁殖時期です。周囲わずか12キロの小さな島に、数万単位のウトウが飛来するその光景に圧倒され、「研究してみたい!」と思ったそうです。しかし「当時は日本に海鳥の研究者はいなかったんですよ」。ライバルはいなかったのですが、アドバイザーもいない状況でした。卵の採り方、測り方が分からない。ウトウが餌とする種類を突き止めて「大発見だ!」と喜んでも、既に海外で発見されていることもあったといいます。情報は海外の論文のみ。英語と日々格闘したそうです。
手にしているのは、天売岛の絶灭危惧种、オロロン鸟の模型。この模型をオトリとして、オロロン鸟が繁殖しそうな崖にたくさん并べます。そこに繁殖场所だと思った鸟が寄ってきて、卵を产みます。「最初は、広い岩场に设置したので、カラスに卵を取られました。でも翌年からは、场所を変えてカラスが止まりにくい狭い岩场においたら、うまくいったんですよ。既に10羽のつがいが产卵し、3シーズン目を迎えます。」前例がない调査は1つ1つ确认しながら进めます。
フィールドワークを大事にする、绵贯さん愛用の調査道具です。右手には、耐水性の野帳(フィールドに持っていくためのノートのこと)。中には、鳥の認識番号、巣の番号、性別などが書き込まれています。左手の双眼鏡は、就職して初めて買った愛用品で、26年近く使っています。中央に刻まれた “West Germany” がその年代を物語っています。そしてもう1つ欠かせないのが、馬の並んだブランドの長靴。もう何代目かは数えられないそうですが、学生時代から調査には欠かせない相棒です。
鱼捕获の瞬间を撮影したのは、先端に小さなレンズがついている、10肠尘ほどの小型机器です。これで1分おきに3日间分の写真を撮ることができます。一绪に骋笔厂(手前)も取り付け、得たデータから、海鸟の行动范囲、生态、饵などの情报を分析します。ウミネコが饵をとるのは海の表面、ウトウは少し潜ったところ、ウミウはさらに潜り、海の底にいる鱼を食べます。また骋笔厂のデータからは、海鸟の行动范囲がわかります。
こういった小型機器(データロガー)を、海鳥に取り付ける方法を見つけるのにも、一苦労ありました。今から約26年前、極地研究所の勤務時代に、南極のアデリーペンギンの調査を計4回行いました。绵贯さんのチームは、エポキシという強力な接着剤で、ペンギンの羽にくっつける方法をとっていましたが、剥がす際に羽を傷めます。一方、ドイツのチームは、特別なテープで、機器を巻きつける方法でした。绵贯さんは、その方法を論文で読んではいましたが、半信半疑だったそうです。しかし、現場で、多くの海外チームがその方法を使い、安定的なデータを得ていることを知ったのです。
当时を振り返り、「それまで国际的なプロジェクトへの参加経験がなかったので、南极で海外の研究者と多く出会えたことは、情报交换の机会、交流の场としても、とても贵重でした。」
「自分たちが学生の時代には、仲間同士、時に無駄話をしながら研究を進めたものです。そんな自由な中から、たくさんのひらめきが生まれました。今の学生たちにも、たとえ与えられた研究テーマであっても、自ら方向性のちがう “なぜ?” を見つけて欲しいと願っています。」
研究スタイルを自ら切り開いてきた绵贯さん。そのスピリットが次世代にも受け継がれるといいですね。
次のバトンは、鮭を研究している工藤秀明さん(水产科学研究院 准教授)にわたります。








