2021年のノーベル物理学赏は「気候の物理的モデリング、気候変動の定量化、地球温暖化の確実な予測」と題して、真鍋淑郎(米プリンストン大学)、クラウス?ハッセルマン(独マックス?プランク研究所)、ジョルジオ?パリシ(伊サピエンツァ大学)の3氏に授与されました1。
真鍋淑郎(まなべ?しゅくろう)さんは、世界の地球気候研究に極めて大きな影響を与えた第一人者です。地球気候研究に強い北海道大学にも、ゆかりがある研究者がいます。その一人が、真鍋さんから多くを学び、ともに研究をしてきた山中康裕さん(地球環境科学研究院 教授)です。山中さんに今回の受賞の解説をしていただきました。
【川本思心?理学研究院/颁辞厂罢贰笔准教授】

真锅さんの研究のインパクトとは?
真锅先生の専门は、太阳光、大気や海洋の循环、温度といった诸条件がどのように相互に影响するか、计算によって明らかにする数理モデルを作ることです。真锅先生は1964年に铅直1次元モデルで、大気の铅直方向の温度构造を最初に明らかにしました2。さらに1967年に颁翱2浓度が温度に与える影响をモデルに组み込み、颁翱2が2倍になると気温が约2度あがるという、地球温暖化の最初の数値计算を行いました3。この计算の特徴は、対流圏の存在を组み入れたことです。

(真锅さんの1967年のモデルの要素を示した模式図。横轴が気温。縦轴が高度。颁翱2浓度が低いとき(青线)に比べ、高いとき(赤线)は地上では気温が约2度高くなる(フキダシ部分)。一方、高度20办尘以上では完全に逆転し、颁翱2浓度が高いほど気温は低くなる)〈1?〉
そして1969年に、最初の大気大循环モデル、海洋大循环モデルだけでなく、なんと、大気?海洋结合モデルを作ってしまったのです4。世界は彼を追いかけるように、1970年代、1980年代に大気大循环モデル、海洋大循环モデルを作っていったのです。その间に彼だけが、地球温暖化、古気候などいろんな気候を再现していく独走状态にありました。ただし、大気と海洋を同时に计算させると、精度が高い再现が出来ませんでした。それを克服する方法を见つけ、1989年に现在につながる気候モデルを作りました5。
そして滨笔颁颁(気候変动に関する政府间パネル)の最初の报告书が1989年に出たことにより、世界中の研究者が大気大循环モデルと海洋大循环モデルを统合しようと取り组みはじめました。
(复雑で広大な地球気候の动态をコンピューター上で再现することは容易ではない。当初は地球を一様な一つのかたまりとしてモデル化された。しかし计算机の発达とともに、徐々にモデルは复雑さと正确さを増し、现在に至っている6, 7)〈出典:〉
その后の気候研究の方向性を决める大きな流れをつくったのですね
私も东大修士1年生の时に、真锅先生の论文を全部読みました。60本は精読したと思います。そして1991年の修士论文で、真锅先生の大気?海洋结合モデルを発展させた研究をまとめました。そういう意味では、日本で最初に结合モデルを作り始めたのは私といえるかもしれません。私にとって「研究=真锅先生の论文」だったわけで、1番目の师匠は指导教员の杉ノ原伸夫先生ですが、真锅先生は2番目の师匠です。
1997年に私がプリンストン大学に滞在した际には、东大の研究室で真锅先生の后辈だった私の父も含めて、真锅先生のお家に泊まりました。计10泊ぐらいはしていますね。私の结婚式でも挨拶をしていただきました。もちろん、真锅先生のプロジェクトで研究もしました。というわけで、私の人生に、真锅さんアリです。
真锅さんと山中さんはどのような研究を一绪にしたのでしょうか?
1997年10月に、地球环境変动を中心に研究する组织「地球フロンティア研究システム」が设立されました8。真锅先生は六つあるプログラムのうちの一つ、「地球温暖化予测研究领域」の领域长に着任しました。そして、真锅先生から直々の指名により、私はその地球温暖化研究领域伞下のグループリーダーになりました。30代前半での抜擢です。炭素循环について研究を担当することになり、北大助教授(当时)と兼业で、毎週金曜日は东京に行っていました。
この地球フロンティア研究システムは、スーパーコンピューター「地球シミュレータ」を使うための组织として作られ、ここから、日本の気候モデル颁颁厂搁/狈滨贰厂/闯础惭厂罢贰颁モデルが花开いていくわけです。
(地球シミュレータ(初代))〈出典:〉
大気?海洋结合モデルは真锅さんのモデルだけではない?
そうです。真鍋さんのモデルをきっかけに、世界中の研究者が統合モデルをつくろうとしました。そしてそれらを相互比較しながら、より良い結果を出すために、国際的なプロジェクトであるCMIP(Climate Model intercomparison Project:気候モデル相互比較研究プロジェクト)が開始されました。このCMIPの結果が、IPCCの気候変動の予測そのものです。こういった世界中の動きの前に、真鍋先生のモデルがありました。
日本では、気象庁のグループと、CCSR/NIES/JAMSTECのグループが結合モデルを目指しました。地球フロンティア研究システムでの私の本業は炭素循環でしたが、気候モデル開発もサイドワークでやっていました。CCSR/NIES/JAMSTECモデルの最初のバージョンは私と阿部彩子さん(現?東京大学 教授)と木本昌秀さん(現?国立環境研究所 所長)、故 沼口敦さん(当時?国立環境研究所)が第1世代を作りました。そのあと、江守正多さん(現?国立環境研究所)や河宮未知生さん(現?JAMSTEC)、木本先生の弟子の渡部雅浩さん(元?北海道大学、現?東京大学 教授)が第2代として引き継いでいます。

地球フロンティア研究システムは、人材とネットワークという大きな成果を残したわけですが、课题は?
真锅先生を始め、1950年代の东大出身の気象学者は,米国に行きました。そして、5~6人が米国の教授になりました。つまり、头脳流出です。东大の正野重方教授の弟子たちということで、正野学派と呼ばれています。
米国に行かなかった最初の人が、北大名誉教授でもある松野太郎先生です。地球フロンティア研究システムを作ったのは、松野先生です。そして、北大の地球环境科学院の大気海洋専攻(当时)ができたのも松野先生の力です。
北大の地球気候研究は日本において重要な位置を占めるのですね。最后に、今回の受赏の意义、地球环境科学の意义について教えてください
真锅先生のしたことは、地球温暖化という応用科学を突き詰めると、そもそも地球の気候はどのように决まるのかという基础科学にぶち当たることを、示したことです。これはまさに、北大の理念のひとつ「実学の重视」に他ならない。中谷宇吉郎のような现代版とも言えるでしょう。
ノーベル赏は「地球温暖化は科学に基づく」と言うことを明确にしました。これは、気候変动や厂顿骋蝉などの地球规模の环境问题や社会问题に答える科学を突き詰めると、基础科学に行きつくこと、そして、科学に基づく议论をせねばならないということです。
参考文献: