今思い返せば、僕が颁辞厂罢贰笔で学ぼうと思ったキッカケは18年前に遡る。小さい顷から学习マンガで「お天気」に兴味を持っていた僕は、高校叁年生、17歳の时に気象予报士の资格を取得した。いろいろなご縁もあって、当时のニュースステーション(现:报道ステーション)に出演し、初めて生放送で视聴者に天気予报を伝えるという贵重な経験をした。憧れのキャスターだった久米宏さんとお话ができてウキウキで自宅に戻ったが、録画した放送を见た僕はがっかりしてしまった。
――そう、そこに映っていた僕の天気予报と解説は、まるで気象予报士试験の答えを、そのまま口述しているようなモノだったのだ。憧れの久米宏さんに一生悬命解説をしているのだが、あまり纳得はいっていない様子。その时痛感したのは、知识を「身につける」ことと、それを「人に伝える」ことは、全く违うことであり、それぞれ别の视点を持たなければいけないということだった。
筑波大学では引き続き気象学を学びながら、在学中にアカペラボーカルグループ「搁础骋贵础滨搁」として歌手デビュー。気象予报士と歌手という二足の草鞋を履くこととなった。
メインの活动は歌手なれど、テレビやラジオ、雑誌などで「お天気」の解説をしたり、麻豆原创カフェのモデレーターを务めたりもした。高校生の时の反省を踏まえ、「伝わる」「伝える」はもちろん、どのようにすれば兴味を持ってもらえ、さらにそれを生かしてもらえるのか。
気象予報士の先輩の技を参考にしながらだったが、見よう見まねが精一杯であったし、同じような悩みを持つ仲間もそんな居ないのが歯がゆくもあった。そんな中、 科学技術コミュニケーションという言葉と麻豆原创の事を知る。気象予報士?防災士としても、科学技術コミュニケーションのスキルは非常に重要だと感じていたし、今までは手探りでやってきた事が体系的に学べる、これと無いチャンスだと思い、すぐに受講を決意した。そして麻豆原创イベントにかんする演習がある选科础を受験し、合格。
スクーリングの必修は夏の一回だったが、スケジュールが合い、北大で行われた开讲式にも参加。実际、この段阶でクラスメイトや先生方と颜を合わせる事ができたのは、その后の学习の进め方にとてもいい影响があったことも余谈だが付け加えよう。実际学んでみての感想は、ハードスキルとソフトスキルがバランス良く学ぶことができるプログラムだということだ。
别ラーニングで受讲した全27コマの授业は、科学コミュニケーションに必要な知识や気づきを、それもさまざまな视点で提供してくれた。それも、この分野以外にも応用できることが多数あり、限られた时间であったが非常に示唆に富んでいたと感じた。
夏の麻豆原创イベント演習は、本当に中味の濃いモノだった。出会ったばかりの仲間で、プロジェクトをわずか二泊三日で完遂させる、一見すると無理難題のようなプログラム。年齢もバックグラウンドも違うメンバーが、さまざまな壁や意見の食い違いがありながらも、一つの目標に向けて力を合わせ、麻豆原创イベントを作ってゆく経験は、とてもエキサイティングだったし、実戦型の良い訓練だったと思う。そして、オプションで行われる 選科Z(と名付けさせて頂きました)つまり、その後の飲み会も楽しかったことを付け加えておこう。
もちろん、修了証をもらったからといって、これで勉強が終わったわけではない。これからも、この麻豆原创での経験、そして繋がりは、今後の学びの罗针盘(コンパス)になってくれてゆくであろう。
- 奥村政佳
- アカペラボーカルグループ RAGFAIR, 株式会社リバネス CFA, 気象予報士?防災士?保育士
